しつこく学歴を聞く人

田舎でパートしてた時にしつこく学歴聞く人がいて、こっちも意地になって言わなかったら、ある日紙にいろいろ大学名を書いて持って来て「言うのが嫌なら指で指して」って言われた。
そういう問題ではない、と思った。

フランス人「忍者になる方法教えろ」

フランス人の留学生が忍者になる方法教えろってうるさかったわ。
忍者なんか今の時代いないとかいっても信じずに、いや日本人なら絶対に忍者になる訓練を受けてるはずだと譲らない。
仕方ないからテキトーに反復横跳び教えたら、マジで毎日練習して無茶苦茶動きが素早くなっててワロタw

外人がイメージする忍者

外人がイメージする忍者:超人的な剣技と魔法のような忍術を駆使して敵を倒す正義の味方.
日本人がイメージする忍者:刀・手裏剣・煙玉等を使い大名や首領の命を遂行する.魔法は使わない.
軍オタのイメージする忍者:大名に雇われ兵站破壊や噂の流布,戦場での後方撹乱を担当する.
歴史オタのイメージする忍者:自治勢力.時に諸大名に与し,時に敵になって戦った.
実際の忍者:スーパー百姓.

美味しい、味噌汁って美味しいんだね。

明日は結婚記念日なので書いてみる。
最初に言っておくと自分は中国人です。
大学生の時に語学留学で日本に来てそのまま日本に惚れ込んで住み着いた。

今は日本国籍を取得している。

奥さんは当時訳ありらしく自分が入っていた小さな下宿にほぼ住み込みで働いていた。
調理師志望とかで食事作りに一生懸命だったのが印象に残っていた。

恥ずかしいが当時自分は日本の食事は母国で何度か食べた味薄いだけの病院食のようなものの印象が強く、美味しくないと勝手に決めこんでいわゆる食わず嫌いをしており、出された食事を食べず勝手に弁当を買ったりしていた。
ある日奥さんが「私は調理師を目指している。日本の人にも外国の人にも美味しいと言われる料理を作れなくてはいけない。もし良かったら私の練習に付き合って下さい。意見を言って下さい」と声をかけてきた。

正直面倒と思ったが、食事が出るのに毎日弁当買うのもお金もきついし申し訳ないからと承諾した。

最初に出されたのは今でも覚えてる、豚の角煮と豆腐の味噌汁、白ご飯だった。
角煮は当時の自分でも食べれたが味噌汁が問題だった。
中国で食べたのは本当に美味しくなかったんだ。
これは悪いけど、と断ろうとすると「それでは練習にならない。一口だけでいいんです。まずかったらはっきり言って」と言われ恐る恐る口にした。

美味しかった。ほんのり魚の香ばしい匂いがして、甘い味噌がじんわりと口にしみこんだ。
一気に掻き込んで「美味しい、味噌汁って美味しいんだね。お代わり貰えるかな」と言うと嬉しそうに笑って持ってきてくれた。

それから彼女の作るものを食べたがどれも本当に美味しくて、自分はどれほど馬鹿だったのか、こんな美味しいものを残して彼女を傷付けていたのかと思うと恥ずかしくて情けなかった。

それがきっかけで彼女とは交際を始めた。
今では自分は日本食に惚れこみ、無事調理師の資格を取れた彼女とともに小さな定食屋をしています。
彼女には色々料理を教えて貰い、娘も生まれて毎日大変だけどとても幸せです。

当時は日本がこんなに好きになるなんて思わなかった。
明日は奥さんがあれ以来自分の好物になった豚の角煮を作ってくれるそうで楽しみだ。

土方だったジジイの昔話

土方がらみでウチのジジイの武勇伝。
高度成長期末期の昔話。

とある突貫現場工期が押していたので、ジジイに建設会社の現場監督から応援要請。
ジジイは職人総動員で何日も徹夜して、柱やなんかをなんとか作り上げて納めた。
ところが、支払いの話の段になって、監督が「客から金をもらっていない」「赤字現場で金は無い」とかのらりくらりと支払いを拒む。
ジジイからしたら相手は若造、立場もわかると、現場事務所で紳士的に話し合いをしていたが、監督が「下請の分際でしつけーんだよ!おめーら出入り禁止だ!」とキれた。
ジジイ、「わかりました。それでは結構です。」と。監督の目の前で、脇に座っていた職人の番頭に、
「ウチは手を引く。全部撤収な」と指示。

番頭はその場にいた手下に総動員指令。現場に納めた自社の納品物全部を回収。
どうしたかって、完成間近の建物の、自分達が納めた柱やなんかを根こそぎ切り落とし、トラックに載せて搬出。
建築会社の担当社員達が飛び出してきて体を張って止めに入ったが、サラリーマンと職人では腕力に雲泥の差。
見る見る血染めになる打ったばかりのコンクリート床。
同じように支払いを拒まれていたほかの下請業者も悪乗りして搬出に協力w。
あっというまに丸々1工区分を解体、撤収してしまった。

監督は裁判だなんだと息巻いたけれど、番頭の「うちの若いモン、監督さんの自宅に送ろうか?」でぐうの音も出なかったそう。
ジジイは、監督が現場資材を水増し発注して自宅を新築したことを知っていた。

直後、建設会社とジジイの間で何やら話がまとまり、未払い分は全額支払い、監督島流しで手を打ったと。
その後、ジジイと職人は更に徹夜して、超突貫で同じものを作って納めて話が丸く収まったとのこと。
結局ジジイにしてみれば改めて作った分金が掛かったが、建設会社には請求せず、自分の儲け全部放り投げて下請に払ったとのこと。
職人たちは自分達の面子が立ったと大喜びだったそうです。

女性の井戸端会議ってすごい長いしうるさいよな・・・

毎日毎日マンションの入り口前で、幼稚園の子供連れたママたち4~5人がでかい声で井戸端会議していた。
ちょうど幼稚園バスがマンション前に止まるようで子供たちを迎えにきた時に、そのまま立ち話をしているようだった。
子供はマンション前でキーキー奇声をあげながら追いかけっこしたり、大騒ぎ。
とにかく子供の奇声がうるさいし、ママたちの笑い声もかなりイラつく。
しかも子供がお菓子のゴミをポイ捨てしているのに、話に夢中で全く親はみていない。
これがずっと続いていて、幼稚園に苦情を入れたりしていたが一向になおらない。

この状態が3か月続いたある日、子供のキーキー声とママたちのバカ笑いの声を聞いたらブチっと我慢の限界を迎えた。
窓を開けて
「うっっるさいんだよーー!!!!毎日毎日キーキー騒ぐ子供と、悪口三昧のアホ親の声きかされて!!!響いてないとでも思ってんの!?全部丸聞こえですからー!○○の奥さんが鼻につく話何回してんだよ!!ただの嫉妬のくせにうぜー!
子供がアホみたいに騒いでも注意の一つもできないクソ親のくせに!!!
子供のゴミのポイ捨ても注意しろや!!お前らみたいな親がいると迷惑なんだよ!!!!!消えうせろおおお!」

と、思いっきり叫んだ。
顔は出さずに叫んだから誰が叫んでいるのかはわからなかったと思う。バレててももういいけどw
ママ達は逃げるように解散して、それからはバスが来てもさっさといなくなるようになったから叫んで後悔はしていない。

家に帰ったら従弟が嫁とベットの上でプロレスしてた…

家に帰ったら従弟が嫁とベットの上でプロレスしてた…
従弟は家庭の事情で俺の家にしばらく住んでいて俺にとっては実の弟のようなものだった。
嫁も婚約前から従弟のことを弟のように可愛がっていた。
そんなある日従弟が遊びに行きたいということで喜んで泊めてあげた。

運悪く泊めた次の日に急に仕事が入り嫁と従弟二人っきりになった。
嫁も従弟と二人で遊ぶよーと言ったので俺も気にせず仕事に行った。
思いのほか早く仕事が終わり家に帰るとベットルームから変な音が…
ギシギシ…ときしむ音と何かくぐもった音が…
まさか嫁と従弟が…と頭が真っ白になり思わず部屋に飛び込んだ。

そこにはベットの上で嫁にコブラツイストをかけられ失神寸前の従弟がいた。
思わず( ゜Д゜)な顔になったが従弟が本気でタ…ス…ケ…テと言ったのですぐさま嫁を従弟から引き離した。
引き離してすぐに従弟失神、嫁爆笑。

詳しく話を聞くと住んで居た頃にちょくちょくプロレス技をかけていたそうで久々に会ってかけたくなったそうな。
ベットルームには見せたいものがあるのー!と言って従弟はその言葉にホイホイついて行ったそうだ。


嫁と従弟が…で心中が修羅場になり従弟失神でさらに修羅場に…
すまぬ…従弟済まぬ…

従弟は失神後医者に見せましたが特に問題はありませんでした。
従弟もねーちゃん(嫁の事)も相変わらず元気そうでよかったよ!と言ってくれました。
まぁ遠い目をしていましたが…

従弟が帰り間際にこそっと「にーちゃん(俺)… ねーちゃん(嫁)が次はにーちゃんにかけよっと♪って言ってたから気をつけてね…」
と言ってくれました。

夜の夫婦の時間が怖いです。

さすがソビエト…畑から兵士がとれる国…

アポロ計画時のアメリカは宇宙服開発の際、飛行士の安全を守るため気密性の確保には二重三重の対策をしていた。
開発に当たっていた航空機メーカーと下着メーカーは稼働性との両立に四苦八苦したが数年の歳月の末、遂に完成した。
この宇宙服の完成度は高く今にいたるまで大幅な変更がない、現在の宇宙服の雛型となっている。

一方宇宙遊泳でアメリカに先んじていたソ連の宇宙服は気密性を確保するために服の入口をゴムで縛るだけという非常に簡素なものだった。

原付に乗ったDQNが歩道を走ってきた

昨日のコト。
二人乗りの原付がこっちに向かって歩道を走ってきた。自分は避けずにそのまま真っ直ぐ歩いていたため、私とぶつかる直前で相手が避けた。
「オラぁ!」「ぶっ殺されたいのか!」と原付の二人はこっちを睨みながら罵声を浴びせつつ、そのまま電信柱に突っ込んで行った。
避けなくてごめんなさい。

うちの母が生まれて初めての海外旅行に行った

うちの母が生まれて初めての海外旅行に行った。
父が死んだあと、還暦まで正社員で勤め上げて私たち姉妹3人育ててくれた母に感謝の気持ちを込めて3人でプレゼントした海外旅行。
本当は私たちも一緒に行けると良かったんだけど、それほど予算が貯まらんかったw
幸い海外旅行慣れしてる叔母が一緒に行ってくれるって言うので任せた。
で、先日スペインから帰国したので妹たちと一緒に空港に迎えに行ったんだ。
到着ゲートから出てきた母、私たちの姿を見つけると大きく手を振って
「あでぃお―――――――す!!」と叫びながら駆け寄ってきた。
かーちゃん、それは“さよなら”じゃないのか?
無茶苦茶恥ずかしかったよ。

でもそんな明るいかーちゃんに私たちどれだけ救われたか。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
3人分お礼を言うよ。

プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

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