幸せだった頃の母の写真

・雇用機会均等法の世の中で男女平等なんだから女も働け
・家事は全部しろ、女だろ
・育児は全部しろ、母親だろ

こんな要求を母に対してしていた父。
母は言われる通りに四六時中働き、40代になってすぐに癌になって死んだ。
見つかったときにはもう全身に転移が進んでいて、手術も出来ない状態だった。

独身時代の写真を見たら、若々しくて愛嬌のある丸顔で幸せそうな笑顔をしていたのに、私が知っている母は頬が痩せていて濃いクマが出来ていて無表情で、年齢よりずっと老けて見えていた。
小学生の頃、「老けてるから授業参観に来るのが恥ずかしい」なんて考えていた自分が恥ずかしい。
子供は居ないけど既婚女性となった今、母がどれだけ死ぬ思いをして一人で私と弟を育ててくれたか、そればかり考える。

月命日には遺影に手を合わせ、三か月に一回は新幹線の距離の地元に帰って墓の掃除をしている。
生きている頃に何もしてあげられなかったのが、悲しくて悔しい。愚かな娘で本当に申し訳ないと思う。
中学校の修学旅行で観光地の土産を買っていったとき、母が不意に涙を流したことがあった。
独身時代の写真には、女友達と旅行に行っている写真が何枚かあった。もしかすると、母は旅行が好きだったのかもしれない。
しかし結婚してから一度も行けぬまま死んでしまった。私の人生初旅行が修学旅行だったくらいだから…。
今、夫と旅行に行くときは必ず母の写真を持って行っている。

生きている時に連れていけていたら…と思うけど、母が亡くなった時の私は受験生で、金も時間も無かった。
でも、ねぎらいの言葉や、感謝の言葉はいくらでもかけることが出来たのに、と思う。
自分のことばかり考えて、いっぱいいっぱいだった。
子供の素直さを失いながら、大人の思いやりも持っていない、自己中心的でくだらない娘だ。
若い頃の写真も、母が亡くなって初めて見たくらいで、母の人生に何の関心も持たなかった冷たい娘だ。
もっと話を聞きたかった。母は何が好きだったのか。若い頃、どんな思い出があるのか。
何を思ってあんなに働いていたのか。あの頃、私にして欲しいことは何だったのか。
どんな老後を思い描いていたのか。子供の頃、どんな夢を持っていたのか。
結婚して私たちを産んだことを後悔してはいないか。もっと自分の人生を生きたかったんじゃないか。
何も話さなかったことを、後悔するばかり。
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