PCで音楽を聴くには?

CDの音楽をパソコンできくには、MP3が必要だといわれました。
RPGでもないのに、マジックパワーをとられるのですか?
また、最強クラスになるとやはり、全消費とかもありうるのでしょうか。
お願いします。ただの学生なのでMPはあまりありません。

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恋人にベアリングはいかがですか?

先日知らない人から電話がかかってきて、なんかセールスの電話のようなんだが
「恋人にベアリングはいかがですか?」とかお姉さんが言ってるんだが、またマニアックなものを電話で売りつけるな~、恋人いねーし、いても女はベアリングはいらんだろうし、と不思議に思ったが、一応材質とかを聞いた。
「SUS304とかですか?」
「えー・・・ プラチナが人気ですよ」
「うは、プラチナ製なんてあるんですか。初耳だ。いりません」と切った。

後で考えたら、どうやらペアリングだったw
そんな概念知らなかったしw

振り返ったらアヒルがいた

夕方くらいに歩いてて、気配を感じて振り返ったらアヒルがいた。
真っ白いアヒル。

グワグワ言いながらついてきて、どうしよう……と思ってたら、飼い主らしいお爺さんが走ってきて

「こらケンタッキー!またお前は柵壊して!」

ケンタッキーというネーミングに吹き、グワグワ言いながらお爺さんに寄って行くアヒルに和んだが、もしかしたらケンタッキーは食われると思って逃げたのかも知れない、と今思った。

海外ドラマの「CSI:科学捜査班」にはまってた

以前、海外ドラマの「CSI:科学捜査班」にはまってた時期があった。
ドラマの中で事件現場を検証する際、科学捜査班の女性メンバーはツナギを着てることが多かった。
ツナギ着て、無造作に髪を結んで現場検証、時々、両手をポケットにつっこんで立ち尽くす姿がものすごくかわいくて、かっこいいと思えたので早速自分も真似てみた。
いろんなお店に行ったけど、中々ツナギが売ってなくて最後は「職人の店」みたいな職人さん御用達のお店に行って、オレンジのツナギを購入。
本当はCSIみたいに紺のツナギが欲しかったけど、その店ではカーキ色やグレーが多くて紺はなかったので、見栄えがいいかとオレンジにした。

それからはず~っとそのツナギ着てた。
大学生だったので、毎日ツナギ着て学校に行った。
ツナギで電車にも乗ったし、遊園地や映画、ランチや飲み会もツナギ。
成人式もツナギで行ったし、夏場も袖をまくってツナギで過ごした。

ある時、あまり話したことなかったリア充グループから合コンの誘いが来た。
自分のセンスが認めてもらえたんだ、男っぽい格好してるけど内面から湧き出る女性らしさとのアンバランスさが絶妙で、私、輝いてたんだ!と、とても嬉しかった。
そして、合コン行ったよ。
リア充がイケメン達に私を紹介した。
「同じ学校のリアル・ダイノジだよ~」
イケメン達、大爆笑。
ダイノジっていうお笑いコンビの太った人が、オレンジ色のツナギ着てネタやってたとか。
合コンでは「オオチ」と呼ばれ続け、「う~、ダイ!」というネタをやってとものすごくせがまれた。
誰も私をCSIのようだと言ってくれず、長年続いたツナギ生活を止めた。
思い出すと、ちょっと死にたくなる。

ヨリ戻すとか無理やから!

さっきマクドで順番を待ってる時に前にギャルが携帯で元彼らしき人と話してたんだけど
『ヨリ戻すとか無理やから!あれやろ?お前いらん漫画を全巻売ったけど今更また読みたくなって手放した事を後悔するタイプやろ?』
って言っててその覚えのありすぎる経験に周りの男性がビクッと反応してた。

いつ?いつ焼けるの?焼きたて食べたい!

昨日の夜から今日の夜にかけての話。
俺、ホームベーカリーで朝のパンを焼く準備中。
姉、それ見て目を輝かせる。
「いつ?いつ焼けるの?焼きたて食べたい!」と姉。
それに対して一言。
「明日の朝の4時30分に起きれば焼きたて食べれるよ」
それを聞いた姉、(゚д゚)こんな顔。
「は、早いね」と姉。
「ちょっと遠い現場に行かなきゃいけないからね」と俺。
「じゃあしょうがないね。焼きたては諦めるわ。もしパン残ったら置いといてね」と姉。
「わかった」と俺。
そしてそのまま就寝。

今日の朝、4時30分に起床し、仕事の用意をしつつ焼きたての食パンで朝食をすます。
1斤は食べられないが2/3ほど食べ尽くしたので後はおやつとして鞄にしまった。
そしてもう一度ホームベーカリーに材料セット。
さらに置き手紙。
「姉へ、いつも起きる時間帯に焼けるようにセットしておきました。冷蔵庫にイチゴジャムとプルーベリージャムがあります。ホームベーカリーの横にハチミツも置いておきます。好みで食べてください。俺より」

ちょっと前に家に帰ってきたらニコニコした姉が出迎えてくれた。
母と姉が買い物に出掛けたらしい夕飯は俺の好物ばかりだった。
お風呂もわいていて、仕事の疲れを癒してきな、と姉に勧められた。
風呂の準備をしていると
「お風呂あがったらちょっと一杯付き合ってよ」と姉。
先程冷蔵庫を見たら缶チューハイやらサワーが結構な量詰まっていた。
明日は休みなので気合いを入れて一杯?付き合ってこようと思う。

娘と京都に旅行に行った

娘と京都に旅行に行った時の話。

寺の線香みたいなヤツの煙を娘が頭にワッサワッサかけていたら、後ろから10人程の旅行客の外国人が興奮して声を上げていた。

「女子高生(女子高生だけ日本語だった。)写真写真!」
「煙はなに?ガイドブック使えね。」
「聖水みたいなのだろ。」

試験前で頭が良くなるように結構長々と煙をかける娘を取り囲む外国人。
写真を撮られまくりながらも気づかないで進む娘。(一服してから行くって言ったから全くのおいてけぼりな私)
外国人達が煙を少々不信がりながら顔面にあびせる。

「げほっげほっ!」
「違った聖水違った!息止める苦行のほうだった!うえっほ!」

咳き込みながらあびたり息止めて顔真っ赤にする外国人達。
そしていそいそと娘の後を追いかけるヤツラは、次に娘が頭下げたり賽銭入れたり手を叩いてお祈りしたりするのをいちいち写真におさめながら「お金?」「静かに!」「キュート(ウチの娘はちっちゃくて可愛い(^^))」とかそれ静かじゃねーよ、って感じで騒ぎまくっていた。
そして見よう見まねで同じ行動をとる。

広い庭をボーッと眺める娘(たぶん私を待っていただけ)の後ろにわらわら外国人達が同じく庭を眺める。
娘はちょっと変わった癖があって、一人きりになると鼻歌のような感じでナウシカのオームの歌を歌う時がある。
運悪くその癖が静かな寺の庭で発動した。

「ふんっふんふふふんふんふん!ふん、ふんふふふ~ん。ふんっふんふふ(略)」

ざわつく外国人達。
その時グラサンのハゲが「讃美歌と同じ意味だろう」と呟いた。
オームの歌で悦に入りながらウットリと庭を眺める外人達。
しだいに単調なメロディに口ずさむ者も出てくる。
流石に娘も振り返ると外国人達が自分の後ろでオームの歌を合唱してる異様な場面に((((;゚Д゚)))))))な状態。
私に気付き、慌てて飛んでくる娘に状況説明すると顔を真っ赤にして頭を下げ「ソーリー、ディスソング、イズ、ナウシカ」っと言って私の手を引っ張り早く立ち去ろうとする。

先程のグラサンが「この讃美歌はナウシカか!」っと納得して拍手しだした。
いや、違う。違うぞハゲよ・・・
後ろで拍手と「ブラボー」と「女子高生」が聞こえ、娘はさらに真っ赤になっていた。

50年物の古い腕時計

丁稚羊羹の好きな嫁と古い腕時計

就職した時に父に時計を買ってもらった。
国産メーカーの手巻き機械式で一番安い奴だった。

もらう時父から社会人としてちゃんとする場面では靴と時計と傘は良い物を身に着けろと言われた。
別に逆らう理由はないのでその規範を守っている。

よくよく考えれば、ちゃんとしなくて良い場面ではズボラでもOKという意味なので、、独身時代は携帯で時間を見て普段は時計をつけていなかった。
― 古臭いデザインと一日一回の巻上げが面倒だったからだ。

で、結婚した後に巻くのが面倒だといったら嫁が毎朝巻いてくれるようになった。
(だからと言って持ち歩かず家に置いておく事が多いのだが)
巻き上げた回数を嫁が小声で数えるのが目覚まし時計代わりになった。

時計の巻き上げを日課としているうちに愛着がでたからなのか、嫁は手巻き機械式時計を可愛いと思うようになった。
そして去年の暮れに自分用にとクリスマスプレゼントに欲しがった。

知っている人もいると思うが女物の手巻き腕時計は、現在非常に高価なものしか売られていない。
しがないサラリーマンにはとても手が出せない。
それを伝えると「中古でもいいのに」とショボンとした。

そこで伝を辿って父の姉が使っていた古い腕時計を入手した。
50年物だったので汚くなっていた文字盤等のオーバーホールとベルトを新調して(合計で10万以上した)嫁に2ヶ月遅れでプレゼントした。
嫁は大喜びだった。

中古で悪かったというと、ちょっと黄ばんでしまっているプラスティック風防がかえって素敵だし、俺のと同じメーカーのが欲しかったからこれで正解だという。
秒針がないのも良いという。よく耳にあててチクタク音を楽しんでいる。

でも普段はしない、一緒に出かける際、天気のいい日限定で、「お揃いだね」といって嬉しそうにつける。
(確かに古臭いデザインの俺の時計は実際に古い嫁の時計とお似合いだ)
お出かけの最中には俺に何度も時間を聞く。
答えてやると自分の時計と同じ時間だと嬉しがる。

寝る前に毎晩枕元の台の上に敷いたハンカチに俺の時計と自分の時計を並べておく。
その並び方は俺達夫婦が寝る時と同じだ。
その際に「ちゃんと仲良くしてなさいね」とか「今日も一日よくがんばったよね」とか耳を澄まして微かに聞こえる位の小さな声で時計たちに呟きかける。

朝巻く時も俺が寝ぼけていると時計たちへの呟き言が多くなる。
俺の時計に向って
「女の子が先行ったのにのんびりしてちゃダメ」。
自分の時計に向って
「あの人はちっとも貴女の気持ちを分かってくれないよね」。
とまるで人形遊びをしているようだ。

元々の値段と年式から考えれば当然なのだが、俺の時計は日に5秒とずれないが嫁の時計は30秒ほど進んでしまう。

だが嫁はより標準時間に近い時を刻んでいる俺の時計に二つの時計のすれ違いの原因を求めている。
「君は愛情が足りないよ」とよく俺の時計に説教している。

それだけならまだ良いが休みの日には狂っている嫁の時計の方に合わせるので時計の意味をなさない。
何がしたいかよく分からないが嫁らしいとは思う。

親父が感じたかった風

親父が定年で退職する前、俺は大型バイクも乗れる免許だからハーレーでゆったり旅でもしたいなぁと話していたんだ。
酒呑みで、車でも飲酒で捕まるようなアル中に近い勢いだったから、当然反対してバイクには乗らせなかった。
当時、俺26歳、親父60歳。

61歳、肝硬変→食道静脈瘤の破裂→出血性ショック→多臓器不全で一晩で逝った。
俺が高校時代、原付MT50でツーリングに行くといつも羨ましそうに話を聞いていた。
若い頃にバイクに乗っていた話も聞いていた。
60歳になり、自分が育てた会社に解雇されストレスを抱えていることは分かっていた。
俺も姉貴も自立してなかったしね。
それで酒に逃げていたことも。
酒に逃げる姿に、新しい生き甲斐を見つけようやと叱咤したこともあった。
でもバイクだけは絶対に乗せられなかった。

あれから13年、俺は自動二輪の免許を取った。
原付とは世界の違う旅にあちこち行った。
楽しければ楽しいほどに、何故あの時乗らせてあげなかったんだろうと悔やまれる。
山の景色や、バイクの風を感じれば、酒なんてやめられたかも知れない。
もし万が一事故を起こしていても、人に迷惑さえ掛けなければ、どの道たった1日で失われる命だった。

親父、自立してなくてゴメン。
ハーレーに乗るのを大反対してゴメン。
でも今は立派にお袋や実家を守ってるし、親父が感じたかった風を俺は感じてる。

天国からで構わないから、俺の楽しい姿や、旅先での喜びを一緒に感じてくれ。
生きてるときは一緒に走れなかったけど、今でもあんたが傍に居ると信じてるから。

追伸
こないだ転倒したとき、お前はまだ来るなと助けてくれてありがとうな。

うっせーな、関係ねーだろ!

アホだな。
運転免許の試験所で、どうみても未成年がタバコ吸ってて注意されて職員の人に、「うっせーな、関係ねーだろ!」ってブチ切れた直後にいかついおっさんがまわり囲んで、どっかに連行してたのを思い出した。
職員全員、おまわりさんなんだけどね。

日本語でご説明お願いします

会社の説明会にて

社員「はっきりしたパラダイムシフトが~何よりまずはエトスを~」

学生「すいません、分かりにくいのでなるべく日本語でご説明お願いします」

社員「君、英語ってのは教養だよ。英語も話せないで今まで何を学んできたんだか、まったくなっとらん」

学生「失礼しました。それでは改めてすべて英語でお願いします」

社員「…」

中国人女性が「さくらさくら」を弾き始めた

自分は音楽やってて、家族の中国滞在に付き合って北京いた時のこと。
ある日中国人女性(音楽監督)が「さくらさくら」を弾き始めた。
「知ってる?」と日本語で歌まで歌い始めた。
「とぅあんいーじうも、知ってるでしょ?有名だよ。日本の歌を彼から教わったんだ。」
と名前を書いて貰ったら、團伊玖磨だった。

團伊玖磨は1979年に、まだ文化大革命余波が残ってる中国で「夕鶴」を公演。
文化破壊、外国の音楽等触ってもいけない時期に演奏した初の外国オケが日本だった。
彼女の父親は国家有数の作曲家だったから、文革では酷い目にあって、本人も農地へ下放。
そんな彼女や他の音楽を取り上げられていた音楽家達が、團伊玖磨初めとする日本のオケの音を聞き、一緒に練習し教わったともの凄い感謝された。
「自分の一生涯の恩人、師匠だ」と。

中国は憤青(右翼)やいろんな人がいるけど、こういう人たちも(恩を忘れない)たくさんいる。

子供のこいでいたブランコに直撃した

小学校のころ、休み時間にボーっとしたまま校庭歩いてたら、他の子供のこいでいたブランコに直撃した。
ふらふら立ち上がると、上級生に「大丈夫?」と聞かれ
「大丈夫です」と答えると、「でも、耳から血出てるよ」
触ってみると手が真っ赤。
耳の後ろが破れており、病院で縫うときには、ぞり、ぞり、と音が聞こえた。

以来、ブランコの周りには柵が取り付けられた。

書いてて思い出したが2列並んだ滑り台の間に挟まって抜けなくなり、休み明けにその部分が溶接されてたり、ジャングルジムの中を頭打ちながら落ちて、一番下にネットが取り付けられたり、窓から落ちそうになってクリフハンガーして、落下防止の手すりみたいなのが取り付けられたり。

ずいぶんと学校を改造したもんだ…

終戦間近のトウモロコシ畑

終戦直前だから、今ぐらいの時期の話。

艦砲射撃の落下距離あたりに俺の家の畑があった。
軍需工場狙うのが1゚違うとうちの畑だったらしく、よく着弾していた。
終戦間近が一番ひどかったんだけど、当時畑にはトウモロコシが大豊作。
男手がいなかったからどうしようと悩んでたのに、着弾した砲弾の破片でトウモロコシの茎が切れまくり。
艦砲射撃が止んで畑に行けば実を拾えばいいだけになっていた。
被害はあったけど、豊作だったからプラマイゼロ。
人生で一番楽な収穫だったとばあちゃんが言ってた。

今年も豊作なんだが、足腰弱くなって収穫がしんどいばあちゃんが
「艦砲射撃こねぇかなぁ」って呟いてる。

文章上手くなる方法?俺が教えてやるよ

文章上手くなる方法とか
お前らくだらねー事ばっか、よく飽きずに議論できるな?
てか学校卒業してそんな事も分からないまま大人になったの?
俺が教えてやるよ

起承転結。って教わっただろ?これに文章の全てが詰まってんだよ。

起・・まず起きるだ。お前が起きるんじゃねーぞ?文章を起こすという意味
承・・承だよ。なんだこの文字?意味がサッパリわかんねー。後回しだ
転・・転ぶだ。お前が転ぶんじゃねーぞ?文章の展開を転がせるんだよ
結・・けつ。しめるんだ。今までの完全な流れを最後にギュッと〆るっていう意味だ。


で、それらを踏まえて文章が上手くなるコツはだな
「承」これが何か分かる知識があるかどうかということが大切なんだ。

大勢の気配と足音

399 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2011/08/17(水) 18:46:14.08 ID:w7fcLCq40
うちの姉ちゃん、お盆に川釣りに付き合いで行って、
河原のパラソルの影でウトウトしてたら、大勢の足音だけが聞こえたけど
誰もいなくてゾーッとしたって言ってた。
うちの方は旧盆だからあまり気にしてなかったみたいだけど、
もう絶対に行かないって震えてたわ


411 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2011/08/17(水) 18:48:33.31 ID:TRXT7auk0
>>399
俺なんか人がほとんどいないはずの島でキャンプしてたら
明け方大勢の気配と足音で目が覚めて、しばらく怖かったけど決意して外のぞいたらカンガルーに囲まれてた

バイトでやっちゃった失敗談

152 名前:FROM名無しさan[sage] 投稿日:2011/07/26(火) 20:34:46.15
飲食店勤務だけど

レジミス

遅刻

ポット破損

味噌汁を温めておく機械を破損(した原因を作ったかも。結構高い)

味噌汁を出すときに手がすべり、お客さんにぶちまける→お客さんの服がありえない程ビチャビチャに→15年そこで働いている人に「ここまで派手にぶちまけた人は初めてだよ」と言われる

サラダを出すときに手がすべり、お皿ごとお客さんに向かって弧を描くようにブワっと飛んで行った→お客さんの顔の横をギリギリで通り過ぎぶつからずにすんだ→が、飛んでいる最中に空中に舞ったサラダの破片がお客さんの服につく

20食分くらい入ったサラダの箱をまるごと落として廃棄

洗浄機で洗い終わったお皿が大量に並んでいるカゴごとドンガラガッシャーン

そのほかにもお皿を多分20枚以上割っている→15年働いてる人に「お皿割る率ダントツで歴代NO.1だよw」と言われた

商品の出し忘れ→お客さんに言われて慌てて出す

ガラスのコップをお客さんに出した瞬間にテーブルに落として割る→料理に入ってしまったかも→厨房の人に料理作り直してもらう

メニューの運び間違え→厨房の人に作り直してもらう

自分が厨房に入ったとき、メニューを作り間違えそのまま出す

看板メニュー用のタレが入っている大きな鍋の中にお客さんから受け取った食券の束を落とした

カレーが入った鍋の中にお皿を拭く用の雑巾を落とした

ドレッシングを補充しようとしたら1リットルくらい入ったピッチャーからドバっと全て漏れ、冷蔵庫の上から床からドレッシングまみれ

床に物を落としまくるのは日常茶飯事。。。忙しすぎて気をつけられないw


思い返せばもっとあると思う。
でも俺はキミシナイ(・∀・)!!
真剣に反省する気持ちと次に気をつけようという気持ちがあれば落ち込む必要はないと思ってるので。前向きに考えればいいだけ。
唯一落ち込むのは失言しちゃったときだけだな。みんなもあんまり気に病むな(^ω^)


157 名前:FROM名無しさan[] 投稿日:2011/07/27(水) 23:44:48.68
>>152
お前頼むからバックレてくれ

タウンページ感想文

私はこの本を読み、泣き、笑い、枕にし、そして眠った。
世の中には人生を変える本があるがまさにこれがそうだ。
この本がなければ、枕を高くして眠れなかったろう。

読者はまずこの本の冒頭に驚かされる。従来の常識を覆す配置で登場人物がのっているのだ。
それも今までの常識では考えられない量である。
登場人物が多いということはそれだけ、複雑でスケールが大きいということだ。
内容を期待してページをめくると、なんと次も登場人物の紹介である。
実はこの小説、最初から最後まで登場人物の紹介なのだ。
未だかつてこのような小説があったろうか。
私は本を閉じ、感動をかみしめた。頬に涙がつたるのを感じた。
浸っていたら妹に「何あくびしてるの」と言われた。

ストーリーがないというのは何を意味するのだろうか。
私はこれを、自立しきれていない現代への痛烈な批判と受け取った。
この本は、テレビやマンガなどの受動的なメディアや詰め込むだけでアウトプットを軽視する現代教育などへのアンチテーゼである。

登場人物しかないということはそれだけ自由に想像できるということだ。従来の小説はそれを許さなかった。

例えば推理小説で「こいつが犯人だ」と読者が確信しているのに関わらず、作者が勝手に違う犯人を用意していることがあった。
私たちは、自由に犯人を決められないのである。
小説はまだ想像の余地があるが、マンガ、テレビ、現実となると、想像の自由はどんどん奪われていく。

ところが私たちはそうやって自由を奪われることに対して何の不満ももたない。それどころか、より自由に選べないものを好みすらするのだ。昨今の活字離れがいい例だ。

なぜそうなるのか。それは自分で考える力を学校や家庭の中で育んでこなかったことに起因する。

成績のよさは、どれだけ効率よく物を覚えたかで決まり、独創的な答えや、個性的な考えは否定されてきた。
特に私の数学の答案はかなり個性的だったが、手元に帰ってくると冷然と4点をつけられただけだった。

しかしこのような考えはもう古くなった。
昔のものを保存するだけでは、めまぐるしく変化する情報社会に対してあまりにも無力なのである。

インプットも大事だが、これからはアウトプットがより求められる時代なのだ。

タウンページはこれからの社会のバイブルといえる。
毎日このタウンページを開いては、自分だけの物語を描くのである。

これは与えられる小説から自分で考える小説にとってかわる、歴史的な本といえよう。

そして将来的には、登場人物も描かれない白紙の小説が大ヒットするようになるだろう。

ストリートファイト

明治生まれの亡くなった婆さんが大正の頃やくざの喧嘩見たことがあるって言ってたが、両方とも刀振り上げて雄叫び上げながら駆け寄ってそのまますれ違って逃げてったらしい。

【人を呪わば穴二つ】

昔、藤原攻長と橘受頼という仲睦まじい二人の男がいた。
しかし攻長は名家の一人息子、一方受頼は没落貴族の次男坊。攻長が妾の一つも作らず、身分の低い受頼にばかり執心することを快く思わない者もいた。
ある日のこと、二人は遂に、人目を忍んで接吻に及ばんとするところを見つかってしまう。
この一件から二人に対する風当たりはさらに強くなり、遂には「名家の御曹司たるもの、世継ぎを作れないような相手に入れ込むのは不毛きわまりない」として、二人は離ればなれにされた。

それから間もなく、攻長は望まぬ結婚を強いられることとなる。
攻長の婚礼に立ち合うことすら禁じられた受頼は涙に暮れ、「自分に子が産めたなら……」と、子を成せない自らの体、攻長と添い遂げるであろう娘、そして何より自らの置かれた運命を呪った。
しかし、攻長の婚礼のまさにその日、寝食も忘れて攻長のことを想い続けていた受頼の体に信じられない変化が起こったのである。

「攻長、攻長や」
忘れもしない、自らの名を呼ぶ懐かしい響きに、婚礼の装束に身を包んだ攻長は思わず振り向いた。
見ると、かつて泣き別れたはずの受頼が喜色満面の様相でこちらに急ぎ来るところであった。
これには攻長の傍らにいた花嫁もはたと足を止めた。

受頼は言った。
「攻長、見ろ。私の体にもついに女のような穴が開いた。ひとえにお前を想い続けたがゆえだ。これで私もお前との子を成せる。」
攻長ははじめ耳を疑ったが、しかし衣をたくし上げて確かめると、そこには確かに男のそれとは違った穴があった。

「さぁ、子を。お前の跡継ぎをこの体に宿してくれ。正室になれないのなら妾でもいい。このような体になってしまった手前、今更嫁も取れぬ。どうか私を……」
皆まで言う前に受頼の体を攻長の腕が抱きすくめた。
言葉こそなかったが、攻長が感激に胸を詰まらせているのが、触れた体の震えを通して受頼には十分に伝わった。
二人は互いの愛を確かめ合うように、強く強く抱擁を続けた。

この様子を見ていた花嫁、にわかに脱いだ花嫁衣装を受頼の肩に着せると、唖然としたままの家来衆に毅然と言い放った。
「見たか。これこそが、まことの愛ぞ。今私は、今まで目にしたどのような草紙よりも美しい奇跡を見た。人を恋い慕う心のなんと素晴らしいことよ。これを喜ばずしてなんとする」
かくして、攻長と受頼の婚礼の儀はその日のうちに行われた。
宴は次の朝日が明らみはじめるまで続き、誰もが二人の行く末を祝福したという。


いっそ呪わしいほど強く不変に相手を想い続けることができれば、やがてそれは想像だにしない奇跡へと形を変える。
「人を呪わば穴二つ」、恐ろしいながらも、一方でどこか心惹かれる言葉である。

(民明書房「801穴の歴史」より)

別居してる夫から手紙が届いた

離婚前提の別居中
「もう君に愛を囁くことは出来ないんだね
僕は声を無くしたカナリアのようにただ君の幸せを祈るだけだよ」
と、ハトの写真の裏に書かれたものが送られてきた

外人落とし

153 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/22(月) 00:09:55.33 ID:I/i2Ze/q
昨日、家族で横田基地祭りに行って来ました。
リブロースステーキやら七面鳥の足やらを安い昼飯にして、Lサイズのコーラ飲んでと楽しんだんですが、小一の息子が、外人落としやりたいといいだしました。

知らない方も居ると思うので「外人落とし」を説明します。
水の入ったバスタブ(?)の上空に座る板があり、そこに外人さんが腰掛けます。
その横には、丸い的があって、離れたところからボールを投げて、的に当てます。
当たると的にくっついた棒がぐるんと廻って、外人さんを後ろから突き落とし、哀れ外人さんはバスタブに落ちる出し物です。

で、5mくらいの距離から息子が3球投げたんですが、全部はずれ。
そしたら、係りのお兄ちゃんがウィンクして、もう一球オマケしてくれてました。
意気込んで投げたら、今度は見事命中で息子大喜びでした

オマケしてくれたのも嬉しかったけど、わざとビックリした顔で落ちてく外人さんに和みました。


166 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/22(月) 01:48:28.28 ID:yRmhQX0U
>>153
それ、昔沖縄のカデナカーニバルでやってたな。
ただし台に座っているのはビキニの姉ちゃん(多分兵隊さん)
しばらく当たりが続かないと係りの兄ちゃんが的蹴って
水の中に落としていたが(笑)

あと、アメリカ人恐るべしと思ったのは、留置所という催し
(いや、正式名称は知らんが)。何かというと広場に
10m四方位の檻があい、その前に机を並べて受付をしている。

俺「これなんですか」
米兵「留置所だ」
俺「いや、それはわかるんですがどうするの」
米兵「この紙に逮捕したい奴の名前と罪状をかけ。俺たちが逮捕してこの檻に10分拘束する」
俺「誰でもいいの」
米兵「司令官でも逮捕してやる。あの奥にいるのは部隊長の大佐だ」

アメリカン・ジョークは半端ねえ。

親父とのツーリング

大学生の時に免許を取ってバイクを買った。
下宿先からバイクで帰省。疲れて果てて寝て起きたらバイクが無い・・・
母に聞けば「お父さんが乗って行ったわよ」と。昔無断で親父のスキー板を借りた時は烈火の如く怒ったのに勝手な・・・なんて思ってた。
(親父は高校時代にバイクに乗ってて、事故って意識不明の重体になった事があるとかで、子供全員が高校を卒業するまでは、と母が止めていたらしい)
その頃は好き勝手やって家族を顧みず、家に居ればいつも不機嫌な親父の事が大嫌いだった。

それから暫くして俺は大学を卒業。リーマンショックの影響で内定取り消しをくらい実家へ出戻ったんだ。
そんな折、友人からバイクを預かって欲しい出来れば乗って欲しいと言われた。俺は自分のバイクがあったから親父に聞いてみたんだ。「乗ってくれるなら引き上げてくるけどどうする?」って。
親父は一も二もなく預かってやれ、と言うから軽トラで友人のホーネットを引き上げ、親父のバイク生活は再び始まった。
そこからみるみる人が変って、俺ともなにかしら関わろうとするし、休日に母親を誘ってどこかへ出かけたりもするようになった。(今までそんな事は一度も無かったんだ)

それから1年程して俺もなんとか就職先を見つけて、家を出て働くようになった。
R1を買った、と親父から連絡が来たのは今年の1月の話。
親父はその時「お前がずっと大型乗りたがってたのは知ってる。大学出てからちゃんと金入れてるんだから、就職もしたんだし欲しいバイクがあるなら買え。保証人くらいにはなってやる」って言ってくれた。
俺は数ヶ月悩み悩んでS1000RRを買う事に決めたんだ。親父は定期的に「決まったか?」と連絡をしてくるので車種を伏せてBMを買う、とだけ伝え7月末のじーちゃんの法事にバイクで帰って自慢しよう、なんて思ってた。
納車は7/2。納車の日は凄くいい天気で、初めての大型、SS、しかもBMって事で気分も最高なまま慣らしツーリングに出かけたんだ。

けど、その道中で親父が事故で亡くなったって連絡。反対車線をまたいで店に入ろうとした車にはねられたらしい。
喪主だったのもあって通夜告別式とあっという間に過ぎて行ったんだけど、その数日で親父のツーリング友達が沢山声をかけてくれた。

つい先日、俺も昔からよく知ってる親父の友達から電話がかかってきた。
「親父さんは君のバイクを凄く楽しみにしてた。普通は子供が親よりいいもんにのるってなれば機嫌を損ねてもおかしくない。まして親父さんはそういう性格だしな(笑)でも、君とまたツーリングするのを凄く楽しみにしていたみたいだよ」
って。
親父の事故は状況を聞く限り絶対に回避出来なかったと思う。俺はまだ独り身だけど、親兄弟居るし、この先バイクを降りるかもずっと考えてた。
この人の電話で、親父の分まで走らなきゃって思ったんだ。
俺はまだ一度も親父のR1を見てない。親父にもS1000を見せてない。お互いに親子じゃなくて、バイク乗り同士として自慢話をしたりバイクを交換したり、もっといろいろしたかった。親父だって女ばっかりの家じゃバイクの話なんて出来んの俺しかいないしさ。

乗り続ける事を決めた俺のバイクの鍵には親父のR1の鍵がついてる。
自慢とか、交換は出来ないけど、親父と一緒に今日もツーリングしてきたんだ。

英語のrとlの発音は全く別物

458 名前:風と木の名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/25(木) 23:15:00.94 ID:94pwBv5r0
「英語のrとlの発音は全く別物で、むしろrとdの方が近い」と知識では知っててもなんとなく腑に落ちてなかったんだけど
「だめぇ」が舌っ足らずになると「らめぇ」になるってそういうことだよなって言われて納得した。


459 名前:風と木の名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/25(木) 23:16:59.28 ID:dX3lHomi0
>>458
深く理解した


460 名前:風と木の名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/25(木) 23:35:28.44 ID:y1A+CSGc0
>>458
今まで見聞きした英語関係の話で一番納得した。

層化信者で近所を回って勧誘しているママさん

当方独身男。
デザインの仕事をしていて、会社で仕事する日と家で仕事する日が半々くらい。
近所に層化信者で近所を回って勧誘しているママさんがいた。
そしてついにウチにやってきた。
どうやら、自宅にいる=NEETと思っているらしく、層化に入れば仕事がすぐ見つかるわよ!と言ってくる。
いや、仕事しとるがな・・・というも、私には嘘はつかなくていいのよ!と聞く耳持たず。
しかも、自宅で仕事をしている日に毎日やってくる。

なので、撃退してみることにした。
懲りずに勧誘にやってきたママさんに、「あ、言うの忘れていたけど、自分は別の宗教の信者なんで」と言った。
「え?どこの?」と食いついてくる。
かかった!と思い、話をする。
私「自分はマルクト教の信者です。己の罪を浄化すべく、日夜活動をしています。私が家を空けているときは、罪を浄化すべく『神経塔』に向かっています。上級天使様より天使銃を授かり、この天使銃(マルイの電動ガン-P90)で創造維持神を撃つ事が私の役目です。」
と一気に言ってみた。
すると、ママさんは「あ、あらそう・・・大変ね・・・ごめんなさいねお邪魔して」と言い、そそくさと退散していった。
勝った!と思い、その日はテンションがずっと上がったままだった。
ただ、傍から見たら自分のほうがキチガイということに気づいてショックを受けてしまった。

ぎゃぁああああああ!パパー死なないでー

先日、風呂で洗顔してたんだけど急に結構な鼻血が出たんだよね。

止血しようと思ったんだけど止まる気配がなかったんで鼻血をそのまま顔に塗りたくり、床に撒き散らしたりして自分と風呂場を血まみれにしてみた。

そしたらすごいグロくなっちゃったんで3歳の娘を呼んで

『助けて…パパ、死んじゃう』

って言ったら娘が

『ぎゃぁああああああ!パパー死なないでー』

って、叫んだのでこりゃイタズラの度が過ぎたなって思って

『嘘、嘘、パパ死なないよf(^^;だってバパのイタズ……』

っとこで意識失いました。
気付いたらビショビショのまんま居間に連れられて5分くらい寝てたとの事。

肝心の娘はその時プリキュア踊ってました。

どうもありがとうございました。

初めて泊まりのツーリングに行った

もう2年前のGW、俺は初めて泊まりのツーリングに行った。
初めてで一人旅、宿もなんにも決めないで「ちょっと何日かフラフラしよう」と前日に決めて家を出た。
持ち物も最小限で、リュックとネット、ホムセンで買ったペラペラの封筒型寝袋だけ。

なんとなく岐阜の御岳山辺りへいって、山道で写真を撮っていると後ろでバイクが倒れてしまった。
今思うとやっぱり馬鹿だなぁと思ったけど、くだりの途中でNに入れたままバイクを泊めていた。倒れて当然だわな。

ブツブツ言いながらバイクを起こしてみたら左側のステップが根元から折れてた(チェンジも駄目)おまけにセルもかからない。
幸い下り坂だったので押しがけも簡単にできたのでナビで近くのバイク屋を検索して直してもらうことにした。

1時間くらい走らせてバイク屋についたけど、ステップなんてもんが店に常備してあるはずもなく、ステップは溶接してもらうことになった。
セルの不調のほうは原因がわからないということでそのまま……(後で診たらただの配線の接触不良だった)

一応直りはしたけど、旅は続けれないなぁと思いかえることにしたが、もう7時を過ぎていたのでとりあえず今日はどっか泊まるかと適当に走り出した。

途中いくつか温泉宿っぽいところに寄ってみたけど、もう時間が時間なので日帰り客は入れませんとのことだった。
飯屋も見つからなかったし、荷物の中に昼間に買った味噌オニギリが2つあったからそれで我慢することにして御岳のふもとにある道の駅まできた。

寝袋を広げて寝ようとしたら知らないおじさんに声をかけられた。

おじさん「おい、こんなところで寝るのか?」
俺「はい…駄目でしたか?」

係りの人かと思ってちょっとドキドキしながら答える俺、今思えば9時過ぎに係りの人なんかいないか…。

おじさん「酒はないのか? この辺朝方は相当寒いぞ」
俺「え……無いです。どうしようかな……」
おじさん「俺のテントくるか? 酒に付き合ってくれたら寝床を貸してやる」

見ず知らずのおじさんに同じテントで酒というのは多少抵抗感はあったけど、確かに肌寒くなってきたし、テントを考えるとホームセンターで買った3000円くらいの寝袋は確かに頼りなかった。
アーッな展開の心配もあったけどおじさんのご厚意に甘えることにした。

とはいえ、別にそんな展開は無くぶどう酒や日本酒、大量のつまみと武勇伝をご馳走になることになったのだ。

おじさんは元登山家だと言って自分の車からいろんな物を出して俺に見せてくれた。
テントは常に3つ持っていて天候に合わせて使い分けてる、とかラジカセを持ってると暇つぶしになっていいとか(山に担いで登るのかな?)

「俺は酒が入ると飯食えなくなるんだよ」と言って、俺に大量のおつまみやら非常食を振舞ってくれた。
今思うとあんまり保存が利くと思えない物もあったから本当は飯も結構食べる人だったのかもしれない。俺が遠慮しないように気遣ってくれたのかも?

名前までは覚えてないけど野球選手が昔自分の所属していたチームと試合をしたこと(おじさんはベンチだったそうだけど)とか元は社長さんだった話とか、武勇伝もごちそうになったりした。
どうでもいいかもしれないけど嘉門達夫が好きらしい。なんか都道府県の歌?を二人で笑いながら聴いてた。

おじさん「お前は俺が通りかかった時に会釈したんだよ。いまどき若者にしては偉いもんだ。だから助けたくなったんだよ」
俺「ありがとうございました。いや本当に助かりました……」
おじさん「まぁ俺も寂しかったしなwww」

その夜は本当に寒くてジャケット着たまま寝袋に入ったけど5回近く寒さで目が覚めた。
おじさんがいなかったら本当に凍死していたかもしれない。

翌朝、6時くらいにはおじさんは目が覚めてて、俺も朝は強いほうだったから物音ですぐに目が覚めた。
おじさんはこの後釣りに行くからと荷物を早めにまとめていた。
どうしてもお礼がしたいので連絡先を教えてくださいというとおじさんは「名前も知らないまま終わったほうが旅っぽくてかっこいいだろ」と笑って言ってくれた。

帰り道、もうこれ以上アクシデントは起きないだろうと思っていたら昼食の後すぐにステップがモゲた。
アルミ溶接が難しいのはわかってはいるが、断面が気泡だらけで触るとボロボロと崩れてしまった。これはちと酷い。

アメリカン5台くらいの若者がこっちを見て笑いながら出発していく中、近くにいた別のライダー2人が応急処置をしてくれた。
バイクまでは覚えてないけど1人はOGKのシャアザクヘルメットだったのを覚えてる。

2人はペンチをタイラップで固定して手動でチェンジができるように応急処置してくれた。社会人に成り立てで常識知らずだった俺はコーヒーも出せなかったな……。
何度もありがとうございますと頭を下げる俺に2人が「君はこうなったバイクはこうやって対処できるってのを知ったんだ。同じように困ってる人がいたら直してあげてね」と言って俺より先に道の駅を出発した。


あれから2年ちょい経つけど、いまだに俺が助けたバイク乗りは0人、メカ知識は無いけど常にタイラップとペンチは持ち歩いてますw

姑がキレた嫁に刺された

昔住んでいたところであった修羅場。
嫁いびりをし続けていた姑が、キレた嫁に刺された。
真っ昼間、姑が背中に包丁突き立てられたまま家に逃げ込んできた。
そのあとをナタを持った嫁が追いかけてきた。
父が必死で止めてた。
俺干し柿喰ってたけどびっくりして落とした。

そのあと立場が逆転した姑は、ひと言でも嫁に逆らうと真冬でも外に追い出されていた。
よく家で保護した。

大昔の田舎の駐在所のそんな思い出。
干し柿は犬に喰われた。

面識のないワガママおばさん

猛暑の中洗車していたのだが、すさまじい爆音を奏でながら目の前にこれまた古いスターレット、自分の前に急停車。
中から面識のないおばさんが降りてきて、ぎゃあぎゃあ叫ぶ。
・この車、スピードでない
・エアコン効かない
そしておばさんの身なりなんだが、野村沙知代のさらに劣化版。ていうか、車の中でそんなでかい帽子かぶるなよ。
前見えないよ。で、おれに直せ、という。もう一度書いちゃうけど面識なし。

まあ時間あったんで見てあげようと。
まずスピードでない→すさまじい爆音の原因→マニュアル1速で走行。
よく発進できたなと思うけど、要するにATの感覚でシフトアップしないで1速走行。

エアコン効かない→暖房になっていた。まずAC入れてあげて冷房にして差し上げた。
そしたら「これですずしくなったわー」といいながら助手席に向かう。
「9時までに何とかという道の駅に行かなくちゃ行けないのよ、そこで待ち合わせなの。」
「ほら、早く運転して!」

いやいやいやいや、あなた知らないし、たとえ知っていたとしても、その道の駅まで30km。
俺帰りどうすんだよ、というお話したら、「人が困っているのに!」。

ということでおばさん2分待たせて、ジョギングシューズに履き替えてその車の任意保険確認して(家族割りとかあったらやばいから)近場約10kmの違う道の駅までドライブ。
案の定、おばさん、冷房効き始めたらすぐに睡眠(というのもこれまたすごいな!)。
違う道の駅まで送って、おばさん熟睡。
そして俺は10kmの楽しいランニング。ランニング厨なんですわ。

これが朝8時ごろの出来事で、昼過ぎに車でそこを通りかかったらまだ寝ていたよ。
そんな去年の夏でした。

奥さんちーっす、オジャマしてまーす

従妹の結婚式で出掛けた土曜日。
ビール1杯しか飲んでないのに、暑さのせいかすごくフラフラしながら夕方帰宅。
居間では、節電御免でキンキンにクーラー効かせ、ダンナが友人数人集めてワイワイ飲んでいた。
奥さんちーっす、オジャマしてまーす、ああいらっしゃい、ごゆっくり、とかひと通り交わしてから汗だくの前身をシャワーした後、首に、道路工事のオッサンみたいに小さいタオルひとつ引っ掛けただけのすっぽんぽんのまま居間に涼みに行ってしまった…

(´;ω;`) 死にたい…
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どこかで見たことのある話を載せていきます。

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