いてもうたれ!

親戚の子供がヤクザ映画にハマってるのか、「奥歯ガタガタ言わしたろか!」とか変な言葉を覚えだして、夕食時、俺が誤ってお茶をこぼしたら「どう責任取るんじゃワレ!小指出せや!」と言ってきたので小指出したら、子供その後どうしたらいいのか分からず、俺の小指にとんがりコーンをそっとはめてきた
スポンサーサイト

怖い話

友達が子犬が産まれたから犬あげるって言ってくれたから
翌日行ってみると親犬くれた

お馬鹿アイドル平和論

以下実話

芸能レポーター「伊代ちゃん、今度自伝を出版されたんですって? どういう内容なの?」
松本伊代「うーん。まだ読んでないからわかんない」

保管場所

時間外の救急外来で夜勤やってた時の話。
俺の仕事は救急外来に来た患者のカルテを作ったり、来院歴のある患者のカルテを探して医師に持っていく事だった。
通常、カルテって保管期限が決められてて、保管期限の過ぎたカルテは廃棄して良いことになってるんだけど、うちの病院は整形外科とかの患者のカルテは15年以上前のものも保管してたんだ。
そのせいか保管場所がキツキツで、カルテの保管室の他、旧南病棟(通称、旧結核隔離病棟)と病院の外庭にある旧保育園の三ヶ所に分けられてた。
そして曰く付きだったのが、旧保育園。

そこにはさっき書いた古い整形外科の患者のカルテが保管してあるんだけど、そこにカルテを取りに行くときは必ずしなければいけないことがある。

①旧保育園の正面扉をノックする。(鍵もないし開かないドア)
②裏口に回って外に設置してある室内電気のスイッチを入れる。(なぜか外に設置されてる)
③鍵を開けて中に入る

先輩も、そのまた先輩から言われて皆この手順をやってたし、俺も絶対にやれって厳しく言われてた。
でも、雪がめっちゃ降った日の夜、俺面倒くさくて正面扉をノックせずに裏口に行っちゃったんだよね。

鍵開けて電気付けて中に入ろうとドアノブ握ったら、子供が中に居たんだ。

見えたのは4人だけど、奥にもう一人居た気がする。
全員驚いた顔でこっち見たと思ったら、本当に口が耳まで裂けるくらいニィィィィィィっと笑って床の上を滑ってきたんだよね。
もう鳥肌立ちすぎて足もガックガクだったけど、急いで鍵閉めて電気消して逃げたよ。

仮眠してた先輩にお願いだからカルテを取ってきてくれって泣きついたんだけど、しばらくして戻ってきた先輩も青い顔してて「カルテはなかったって言って新しく作れ」って言われたよ。

後日、と言っても俺が辞める日に聞いた話では、先輩もあの日旧保育園に行ってやつらを見たらしい。

手順通り 正面玄関をノックしたら、中から「違うよ」とか「そっちじゃないよ」っていうヒソヒソ声と一緒に「さっきは裏口に居たもん。裏口でやろうよ」って聞こえてきたんだと。
先輩、怖くて裏口に回れずにそのまま帰ってきたって言ってた。

自分があの時中に入ってたら、先輩が裏口に回ってたらどうなってたんだろう・・・

先輩も見たって書いたけど、正しくは会話を聞いただけかな。
先輩は今もその仕事続けてるけど、旧保育園には近寄ってないらしい。

地下駐車場にて

地下駐車場を巡回していた時の事。

助手席に女の人が座っている車があって、何してるのかなぁ?ぐらいに思ってたけど、ドアを開閉する音がしなかったのに、振り返るといなくなっていた。
気のせいだと思って、1時間後にまた巡回に行くと、また座っているんですけど!
という事があって怖かった。

半端なく<出る>

派遣現場で一緒に仕事をしていた中尾君から聞いた話。
以前、中尾君は某個人商店のプログラム作成を担当していた。
開発作業場所に提供されたのは、商店裏庭の二階建て倉庫の二階の、六畳程の狭い部屋だった。
そこにリーダー、設計者、プログラマー、テスト担当者、といつも6、7人の20代から30代の男性ばかりがひしめいて作業していたという。

プログラムの多くは自社ですでに作成されていたが、それを本番環境に乗せて調整するのに手間取り、本番稼動日を目前に毎日終電帰りを余儀なくされていた。
本当なら徹夜の突貫作業をして遅れを取り戻したいところだったが、その現場では出来なかった。
その現場は半端なく<出る>ところだったので。
商店のオーナーたちもその事はよくわかっており、
「そこにはあまり遅くまでいない方がいいよ。徹夜作業をするのはいいけど、何かあってもうちは知らないから」
とはっきりと釘を刺されていた。

商店のオーナーや家族たちも、同じ裏庭の敷地に建てられた家や店舗の二階に住んでいたが、そこでは妙な事は起こっていない様だった。
作業場所に提供された倉庫というのは古い、木造モルタル建ての建物で、元々は倉庫として建てられたものではなく、普通の住まいとして建てられたらしい家だった。
実際、建物のあちこちには生活臭のあるテーブルや箪笥や本棚や子供の玩具や、オークションに出せばレトロ品として売れそうな古いテレビやラジオが乱雑に置かれており、箪笥の引き出しには、埃まみれになって変色した衣類がきちんと畳んで詰まったままになっていたという。

そういった物を隅に押しやって、商店のイベントの看板や景品の残りや、もう使わない様なものがまた乱雑に積み上げられているだけの、倉庫とは名ばかりのガラクタ置場の様なところだった。
「酷いでしょ。そんなとこで作業させるのって。もちろん本番稼動でパソコンやプリンター置くのはお店の事務所なんですけど。その事務所が狭くて僕たちが座る場所が無くって、準備作業はボロ倉庫でやる事になったんです。

作業してたのがまた真夏の暑い時期で。クーラーはとりあえずありましたけど、これまた年代物の古ーい、昼間はほとんど冷えない様なボロで。
狭い部屋に野郎ばっかりひしめいて、汗ダラダラかきながらプログラム作ってたんですよ。それで痩せましたもん、僕」
と中尾君はブツブツ言っていた。
「で、そこで毎日同じ時間の頃に見られたのがね」
中尾君たちが作業していた部屋には、高さ1メートル80センチ、幅1メートル程のスチール製の本棚があり、棚にはプログラム仕様書の分厚いファイルや環境設定マニュアル本などがぎっしりと並べられていた。

それが夜の8時くらいになると
ドッスンドッスン
ガタガタグラグラ
とひとりでに、派手に動くのだという。
「百キロ二百キロのもんですよ。それが勝手にガタガタ音をたてて動くんです。それも縦揺れ横揺れ斜め揺れ入り乱れて。みんなの見てる前で。やかましいわそのたんびに本が落ちて散らばるわ。
初めはびっくりしましたけど、しばらくしたら慣れちゃって。時間になったらコンビニで買ってきた弁当食べながら
『そろそろはじまるぞ……ほれ、はじまった』
ってみんなで見物する様になっちゃいました。

中にはカリカリきて『うるせー!やめろ!』とか『散らかるだろ』とか言って棚が動いてる前で本を拾った奴もいましたけど、他には何も起きませんでした」
また、怪異はこれだけではないらしく
「これも決まった時間なんですけどね」
と中尾君は続けた。

「倉庫の裏には細い路地があって、その向こうにはよその家が建ってて、路地と倉庫の間は生け垣になってるんですけどね。夜中の11時を過ぎると、そこの路地を下駄でカラコロ歩く奴がいるんです。
ただ歩いて通り過ぎるんじゃなくて、僕たちがいる倉庫のあたりを何度も何度もずーっと行き来し続けるんですよ」
路地は舗装されていない土が剥き出しの道で、昼間でも通る者はほとんどいない。
夜中であたりが静かだとはいえ、地面が土なのだから下駄の音もそんなに聞こえるわけでもなさそうなのにやけに響き、うるさいなぁ、と窓を開けてみると誰もいない。窓を開ける直前まで、そのカラコロという音は路地から聞こえていたのだが。

「僕は電車通勤だったらその時刻まではあんまりいなかったんですけど。でも何回か聞きましたよ。
はじめはね、僕たちが遅くまで部屋の明かりを付けて作業してるから、近所の人が何か文句を言いたくて来てるのかと思ってたんです。
でも、窓を開けてもいつも誰もいないし。で、いつだったか僕が帰った後に、作業してた奴の一人がいきなり窓を開けて
『うるさいッ!』
って怒鳴った事があったらしくて。そしたら」

窓を開けた時にはやはり路地には誰もいなかったが、しばらくすると、自分たちがいる二階の部屋の窓の真下の、一階の壁が
ドンドンドンドン!
と物凄い勢いで叩かれたという。
その音に部屋にいた者たちは顔を見合わせて
「怒ったぞ」
「あ、あんな事言うから」
などと言ったが、もう後の祭である。そう言っている間にも、元々ボロ屋の倉庫の壁が砕けそうな勢いで壁を叩く音は続いている。

音は深夜のご近所に鳴り響いており、騒ぎを聞きつけた商店のオーナーたちが来てくれないかな、などとも思ったがその様子は無さそうだった。
どうしよう、とみなで顔を見合わせ、いい歳をした男たちがおびえまくるものの音は依然として鳴りやまず、揃って青い顔をしているとやがて壁を叩く音がふっと止み、代わりに
ガリッ
と、壁を引っ掻く様な音が聞こえてきた。それに
(何だ?)
とまたも顔を見合わせていると
ガリッ、ガリッ、ガリッ……
と。その音はどうやら近づいて来ている様だった。
一階から、自分たちがいる部屋の窓へと壁を這い上って。
(……!)
みなは目を見開け、いいっと歯を食いしばった表情でお互いの顔を、そして音が近づいて来る窓を一心に見つめた。

と、次の瞬間、路地に向かってうるさいッ!と怒鳴った同僚が部屋にあった電気ポットを持ち上げ、蓋を開けると、窓の外を見ないように顔をそむけたままいきなり窓をガラッと開けて
ポットの熱湯を窓の真下にぶちまけた。
音はパタリと止んだ。
窓の外には何もおらず、同僚は顔をそむけたまますぐに窓をピシャリと閉めた。部屋にはポットを持ったままの同僚の、荒い息だけが響いた。

その夜はさすがに作業を切り上げ、みなで逃げ出したという。
それからも路地での足音は変わらず毎日聞こえたらしいが、もう誰も相手にはしなくなった。
「他にもホンットに色々あったんですけどね。物はよく無くなったし。確かにそこにあったのに、ちょっと目を離したら無くなっててとんでもないとこに移動してるとか。
作業してたら肩を叩かれたとか。トイレで用を足してたら後ろから押されたりとか。一階の玄関の扉が開いて誰かが入ってくる音とか、階段を上ってくる足音がして、僕たちが作業してる部屋のあたりまで来るんだけど、見てみたら誰もいないとか。

一階には誰もいないはずなのに誰かがドタバタする音がしたり、子供の声がしたり。本当にキリがないとこでしたよ。どこから持ち出したのか知らないけど、僕たちが帰ろうとしたら玄関のたたきのところに、でかい洋服箪笥が斜めに突っ込んであったり。
そんな事商店のオーナーたちはやらないし、何人かでないと出来ないし、でもそんな物音は全然しなかったし。で、リーダーと、他の何人かはね……」
倉庫の戸締まりは、商店側から予備の鍵を渡され、中尾君たちが行っていた。

ある日も午前0時近くまで作業をして、現場リーダーと2、3人の者が戸締まりをして最後に玄関を施錠して帰ろうとした。
玄関の戸はやはり時間が止まったままの様な、真横にガラガラとスライドさせて開閉する古びた木とガラスの引き戸で、
現場から出る時は玄関の明かりも消してしまうので真っ暗になり、鍵をかける時は鍵穴のあたりを懐中電灯やペンライトで照らしていた。その日も
「ほいリーダー、見えますかぁ?」
「お、さんきゅ」

と手元を照らしてもらいリーダーが鍵をかけていると、ガラス戸に映る、同僚が照らしてくれている明かりの輪が、何か
ぼわん
といきなり大きくなった。
が、リーダーは気にせず、そのまま鍵を鍵穴から抜き取って振り向いた。そして
「じゃ、帰りま……」
と言っている同僚たちの後ろに
大きな白い光の球が、こちらへと向かって飛んで来るのが見えた。
「う、うわわわわわ!」
それを見てリーダーがわけのわからない声をあげると、同僚たちも振り向き、すぐに気付いて
「げっ!」
「ぎゃっ!」
などと悲鳴をあげてそれぞれに逃げ出した。
リーダーもすぐに逃げようとしたが、その時まだ、玄関の施錠確認をしていない事を何故か思い出し、この非常事態だというのに、ガラス戸の鍵がちゃんとかかっているかどうか後ろ手で戸をガタガタと動かして確認……しているすぐ真横を1メートルはありそうな巨大な、しかも車のヘッドライトの様に強烈な白い発光体がガラス戸を突き抜けて、建物の中へと入って行った。

光の球の中には何か人影の様なものも見えたが、そんな事はどうでもよかった。
リーダーは大きな発光体を目の前で見ながら施錠を確認し、飛んで逃げた。
「もし施錠し忘れてたら、責任問題だろうが。俺の立場としてはそっちの方が怖いから。幽霊よりも」
と後にリーダーはぼやいていたという。
「結局なんとか納品できましたけどね。まずはメインの部分だけ。
でも本番に乗せてからも普通なら考えられないバグやエラーが出まくるし、ディスクも何度か飛ぶしプリンターも何台か壊れるし。

買ってきたばかりの新品のケーブルがどういうわけか壊れてるとか、マウスの中のボールがいつの間にか割れてるとか。もうお手上げでしたよ。
僕は本番が動きだしてから他の現場の担当になりましたけど。ホント、あらゆる意味でとにかく早く逃げ出したかったです」
その商店は今も営業しており、裏庭の倉庫もまだあるという。

倉庫についてのいわくは
<聞くな>
と会社から命令されていたので、わからずじまいだそうです。

黒い影

先程話した撮影スタジオでの徹夜作業中の事。
そこのスタジオは、元々作業中に黒い影を目撃したとか、猫や子供を見たとか、声を聞いたとか、そう言う話をよく聞くスタジオでした。

でも、アニメの撮影なんて遅番と早番に別れて24時間フル回転の職場なので、徹夜ハイや過労ハイで幻覚見たり幻聴聞いたりしてるんだろ。みたいに社員はみんな納得していました。
その時も、某アニメ映画の撮影の手伝いで、「初号に間に合わねー」と言いながら、皆でヒーヒー言いつつ暗い部屋で撮影してました。

眠い目を擦りながら、丁寧にエアーでホコリを除去して1枚1枚、1コマ1コマ撮影をする。
呪文の様に撮影指示表を読み上げる撮影助手。セルの擦れる音とシャッター音の向こうで微かに聞こえるFMラジオ。
長時間の立ち仕事の疲労も相まってある種のトランス状態になっていたのかもしれません。
千と千尋の●隠しの、八百万よ神様達が日暮れに湯宿に集まってくる時の描写の様に黒い影半透明の影が、壁から天井から床からと、スゥっと湧き出てきました。

けして広くはないその撮影室に、虫程に小さな影から
チェホンマン並に大きな影まで沢山の影が、声にならない声を発しながら次々と湧いてきます。
たまらず私が、
「○さん(←撮影スタジオの古株カメラマン)、私、ちょっと疲れてきたみたいです。幻覚と幻聴ヤバイです。お腹空きました。休みませんか?」
そう声を掛けると
「奇遇だな、俺もだ。」と○さんは答えると、他の撮影台の人達も「こっちも休むか」「おい、幻覚ヤバイから足元だけ見て部屋出るぞ。ゆっくり静かに歩け。」と言い出しました。
影が増えるにつれて部屋はどんどん寒くなるし、変な声はどんどん大きくなって視界は歪むし、空気はバタークリームみたいにまとわり付いて重い。

寒いのに汗だらだらかきながら「落ち着いて静かに進め」と言う○さんに従ってガクブルで出口へ向かうと、突如勢い良くドアが開いて、社長が差し入れを持ってきたぞと笑って言いました。
で、次の瞬間。
いきなり社長が鬼のような顔になって
「仕事の邪魔してんじゃない!」と部屋の中に向けて低い声で怒鳴ると、パリーン!と、ガラスの割れたような音と共に黒い影達は消えて無くなりました。
途端に、いつの間にやら聞こえなくなっていたラジオは鮮明に聞こえ出し、震える位の寒さも無くなりました。

何が怖かったって、普段ニコニコした顔しか見た事のない社長の鬼の様な顔が一番怖かったです。

ギャー!危ないー!

私は昔、人手が足りない時は撮影スタジオでアニメの撮影もやってたんですよ。
そこのスタジオは一つの撮影室にミッチェル撮影機が4台置いてあって、隣の部屋がフィルム交換等をする暗室になっていました。

で、撮影室って暗いし、助手が撮影指示表を読み上げたり撮影素材やディフュージョンフィルター渡したりするので、楽しい会話が出来無い代わりに東京FMを流してたんです。
すると突然、ラジオからDJの声に被さって「ギャー!危ないー!」って聞こえて、え?と思った瞬間一瞬部屋が白く光って、すぐに地震が来て頑丈なはずの暗室のドアがひしゃげて開かなくなりました。
中に入っていた新人の男の子パニック起こして過呼吸になるわ、暴れた時に撮影したフィルム感光しちゃうわで大変でした。

泊まりこみ

むかーしむかーし。
まだアニメーションがセルアニメからデジタル彩色導入に向けてバタバタしていた頃。
その日は海外発注していた話数が大量にリテイク出して、翌朝の締切までに何カットも塗り直ししなきゃいけないと色指定の子に泣きつかれて、自分の仕事が終って手の開いていた私はお手伝いする為に会社に泊まりこみました。
その時ペタペタ色を塗り直していたのは私を含め5人。

ラジオをかけながら作業を進め、あとワンカット分の作業で終わりだ、という時、外はだんだん少し白んできていました。
時計を見ると4時半過ぎ。
8時に担当の制作進行さんに渡せば撮影に間に合うので、少し休憩しようかと声をかけられ、5人が一斉に「そうですね」と答えると、あれ?という空気に。

「今、○○さん(その話数の担当の子)が『休憩入ろう』って言ったんだよね?」と皆で彼女の方を向くと、「え?△△さん(たまたま手伝ってくれた動画マン)が言ったんじゃないの?」と。
みんな徹夜で疲れてるんだねー。なんて笑いながら、珈琲でも飲んでもうひと頑張りしようか、と言った次の瞬間。
突然ラジオがピー!ガガガガガ!と異音を発し、直ぐにまたラジオの音楽に戻ると、突然ラジオから子供の笑い声が聞こえ、部屋の奥のアニメカラー保管棚が一斉に倒れました。
当然悲鳴をあげる私達。

すると窓ガラスがビシビシ音を立てて揺れ始め「アソボアソボアソボアソボ!」と聞こえました。
徹夜の眠気なんて吹っ飛んで部屋から悲鳴を上げて逃げ出す私達。
別室で仮眠を取ってた演出さんに「何?どした?」と言われ、事情を説明して、更に別室で作業をしていた動画マンさんと作画監督に部屋の中を見てもらうと...
そこは、倒れたはずの棚も倒れておらず、何個かのアニメカラーが転がってるだけでした。

あれ?文章にしたら怖くない。ごめん。

赤い紙バッグ

以前、大手タクシー会社の運転手をしていた従兄弟の同僚だった川村さんの話。
ある夜遅く、川村さんは駅のタクシー乗り場でお客を待っていた。ふと後部座席を見ると座席の真ん中あたりに、赤い紙バッグがある事に気付いた。

川村さんが車から降りて紙バッグを手に取り中身を確認すると、バッグの中には古びた男ものの黒い革靴が入っていた。
「なんだこりゃ?」
前のお客の忘れ物かな?お客が降りる時には気がつかなかったが。
事務所に届ないといけないな、と思っているとお客が来たので、とりあえずはその紙バッグを助手席の足元においてお客を送った。それから事務所に寄った。

車を車庫に入れて、バッグを事務所に持って行こうとした。と、急にバッグの中がズシリと重くなり、女性の泣きわめく声がした。
赤い紙バッグの中から。
「!」
川村さんはバッグを放り出した。バッグは車庫のコンクリートの上にドサリと落ちると横倒しに倒れ、中では何かがモゾモゾと動いている気配がした。

暗くてよくわからなかったが、中から何かがうーうーと呻きながら出てこようとしている様だった。川村さんは悲鳴をあげて事務所の明かりの方へと走り出した。
それから記憶の一部が無い。
次に気がつくと事務所の中にへたり込んでいて、電話番をしていた同僚に
「どした?!」
と声をかけられている自分に気が付いた。それから同僚と一緒におっかなびっくりバッグを見に行ったが…
赤い紙バッグは車のそばに落ちていたが、中身は空だった。
「他にも妙な事はちょこちょこあってさ」
そういった事がまるで駄目な川村さんは、それからしばらくしてタクシー運転手を辞めてしまった。

バカッ

私の母方の従兄弟はタクシーの運転手をしていた事があった。
ある夜遅く、お客を送った後に山道を走っていた。街灯はまばらで、他の車と行き合う事も少なかった。
その暗い道を走っていると。
ドスン
と車が揺れた。

何か大きなものを踏んだ様だった。従兄弟の会社では、以前、酔って道の真中で寝ていた人を轢いてしまった運転手がいた。従兄弟はもしや、と車を停め、懐中電燈を手に外に飛び出して車の下やその周りを確認した。
何もなかった。
(何だったんだ?)
と思っていると。
「にぃちゃん、乗せとくれや」
と声がした。

振り向くと、いつの間にか男がタクシーのそばに立っていた。少し離れたところでぼんやりとあたりを照らしている街灯の明かりの下、男の黒縁眼鏡とニタニタと笑っている口元が何故かよく見えた。
「え…」
周りに人家も無い様なところで、不意に現れたお客を従兄弟がながめていると
バカッ
と。車の後部座席の左右の扉が同時に開いた。従兄弟は何もしていないのに。いきなり開いた扉に驚いていると、黒縁眼鏡の男は笑いながら後部座席の右の扉から車に乗り込み、そしてそのまま左の扉から外へと出て行った。
「?」
何してるんだ、この人?
と男の様子を見ていると、次には男はまた笑いながら右の扉から車に乗り込んで、そのまま左の扉から出て行く…という動作をぐるぐると繰り返した。

従兄弟はその様子をほうけた様に見ていたが、はたと我にかえり
「おいっ!何やってんだッ!」
と怒鳴った。すると。
男は狂気めいた笑い声をあげてガードレールの向こうの、崖といってもいい様な草木の生い茂った急な斜面に飛び込んだ。
「ちょっと!」
従兄弟は男を追って藪を見下ろしたが、すでに男の姿は無かった。
従兄弟が車庫に帰って後部座席を見てみると、シートには犬猫に似た足跡がたくさんついていた。
「タヌキかキツネだったのかな、ありゃあ」
と、従兄弟は気味悪そうに首をひねっていました。

ダダダダダッ!!!

職場ではないけど、自宅の玄関が自動照明で、その日犬が玄関に向かって吠えてた。
そしたらパッと玄関に明かりが。
誰もいないはずなのについたり、消えたり。
あまりにもしつこいのでドアを勢いよく開けたら家の中に知らない子がいて、人じゃあり得ない速さで階段かけ上がってった事もあった。
さすがに恐すぎて硬直した。

開けた瞬間にはもういたよ。
あ、え??ってなってたら
ダダダダダッ!!!ってかけ上がってった。

何年か前はよくこーゆう経験してたけど、今はサッパリ!見えない方がいい。

あの‥‥

飲食店で働いてた頃、誰もいない時 清掃しに行ったらテーブルの下に男の子がいたってのはある。

他にも同じ子を見てる人が何人かいてね。
前々から話しには聞いてたから
あぁこの子があの‥‥
って感じで気にしなかったw
知らなかったら普通の子かなって思う。
でも睨み付けるように見られたかな

悪役

中学生の頃、クラス替えしてすぐの話。

「皆で○○のことイジメようよ」と誘ってきた
女グループのリーダー格の奴に
「なんでそんなドラマの悪役みたいなコトすんの?」
って返事したら、顔真っ赤にして怒り出した。

「悪役で顔ブス心ブスじゃ救いようが無いよ」
ってなだめたらクラス中が笑いに包まれた。

ドヤ

さっきコンビニの店員がレジダブり打ちしちゃってさ
「すいません!」
「いいよいいよカードで清算しちゃったし二つ買うから」
「でもぉ・・・あたし・・・」
てなってたら奥から店長出てきて
俺の華麗な接客姿見とけよ的な表情で「どうしましたお客様ぁ~?」
って言ってきたから1時間ごねてきたわ

みどりの鶏肉

394 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/28(月) 02:12:10 ID:???
いま眠れなくて冷蔵庫見たらさ…
タッパの中でヨーグルトらしき物体に漬け込まれた
所々緑色の鶏肉を見つけてしまったんだけど…ドウシヨウコワイヨ or2


395 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/28(月) 03:43:27 ID:???
>>394
とりあえず捨ててしまえ
朝何か言われたら「今日会社でタッパを使う用事があった」
…無理あるかな

396 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/28(月) 07:12:17 ID:???
>>394
1.男は度胸だ。どっからでもかかってきやがれ!で取りあえず喰う。
2.ナマコだってフグだって納豆だって誰かが食べたから今がある。開拓者精神全開で喰う
3.死が二人を分かつまでってことは死んだらもう二度と喰わずに済むとポジティブにとらえて喰う
4.バカラ賭博やその他の賭博と違って超低コストのギャンブルだと思ってwktkしながら喰う
5.当たるも八卦当たらぬも八卦。めざましテレビの占いだと思って喰う
6.バヌアツ共和国のナゴールの様なもの。通過儀礼と心得て喰う
7.これをスルーしたとてどうせ次が来る。諦めて喰う
8.もののふとして散り際は潔くありたい。武士道精神全開で喰う
9.耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス。平和のために喰う

お好きな物をどうぞ♪


397 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/28(月) 07:20:42 ID:???
>>396
なんにせよ食うのかw

404 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/28(月) 13:53:00 ID:???
基本は緑色=腐ってる(グリーンミート)
ただし漬けダレにニンニクを使ってると、その作用で緑色になる場合がある(と喰いタンに載ってた)

ぬこの水入れに鳥肉落として数日後、残ってた水があまりに綺麗なグリーンになってて驚いたことがある。

412 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/29(火) 03:19:25 ID:???
だからゾンビは緑色なのか・・・


446 :名無しさん@お腹いっぱい。 :sage :2008/07/30(水) 00:15:54 ID:???
>>394です。
次の日の晩飯はタンドリーチキンでした。

嫁「お肉の下ごしらえ、大変だったんだからぁ(はぁと)」
俺「(極めて冷静を装って)そうなんだ…どうやったの?」
嫁「な・い・しょっ♪当ててみてっ」

…食べましたよ。ひとかけら。
ダマダマになったカレー粉とジューシーとは程遠いぱさぱさに焦げた肉の塊でしたorz
ファミレスのタンドリーチキンが恋しくなりました。

嫁「ヨーグルトに一晩漬けたのっ!柔らかくなるって聞いて」
俺「……ソウナンダ。ワカラナカッタヨ」

腐敗臭がなかったのでなんとか食べた後、殺菌兼ねて正露丸飲みました。
かろうじて生還したんで報告に来れました。

火宅の夫婦

長いんだけど、うちの親戚の夫婦はやばいと思う。
夫の方は働いても続かず転職を繰り返し、嫁は底意地が悪い。
二人とも偏屈で暗いくせに表面上は愛想よく取り繕う所が不気味。
結局どこに行っても嫌われ孤立する。

後に嫁の実家を乗っ取ってその金で悠々自適。
残っていた年老いた嫁母をも邪険にしててその後亡くなった。
嫁母はがんで退院した直後もゴロゴロするなと邪魔にされ、真冬なのに外で震えていて見かねた親戚が家で休ませていた。

この夫婦には娘が二人いて一方は猫っかわいがり、一方は邪魔にしてた。
かわいがっていた方は結婚して遠方に、残った方はよく家を手伝ってて、両親に旅行だの何だのプレゼントしていたけど「早く嫁にいけ、財産は嫁いだ娘に全部やる。お前を育てるのにこれだけ金が掛かった払え」などいろいろ言われていた模様。

この家が全焼し火災保険金の4千万で家を新築した。

さらに数年後には今度は残っていた娘が自室のベッドで首吊り自殺。
父親が発見通報。本人の携帯に保存されていた遺書によると
両親に貢ぐため借金をしていた、と自分は家族の邪魔者だった・・・
その葬儀直後(前だったかも)娘の物を全て焼却してた。
保険にかかっていたかは不明だけど。

さらにさらに数年後、またも新築した家が全焼、今度は1億円の保険をかけてたとか。
2回とも家族やペットは出かけていて無事、火元は不明で漏電ではないかとのこと。

この夫婦が遊びに来ると親の財布からお金がなくなってて、当時は母は私を疑ったこともあったらしいけどやっぱりあの夫婦だなと落ち着いた。
なんか祖父母のタンスからも金が消えていたらしい。
お金への執着がものすごいんだよねなんとか縁を切りたい。

夏の元気なごあいさつ

電車で居合わせた小学校低学年くらいの兄弟が小さい声で歌い出した

(´▽`)(´∀`*)「夏ーの元気なごあいさつ~♪」
(゜д゜)「こまめにとろうね!」
(゜∀゜*)「水分!塩分!」
(゜д゜)「とらなきゃたちまち!」
(゜∀゜*)「熱中症!」

にこにこしながらの歌い出しから覚醒顔でのラップ調がかわいかった
誰が教えたんだw

守備表示

女子がよくメールで使う、「←」これあるだろ。「私もうダメかも←」みたいなこれ。
これな、立ちガードだから。これ、豆な。

あ こら まて

スーパーにて
父「アイス買っていいぞ~」
娘「じゃあ私は~…ガリガリくんの梨味ー!梨味おいしーねー!」
父「そうかそうか」ニコニコ
息子「何でもいいんだよね」
父「おう!いいぞ」
息子「…じゃあぼくはこれ!」ハーゲンダッツ詰め合わせ6個セット
父「」
娘「あっずるい!私もそっちにする!」
父「……待ちなさい。自分で今日食べきれる分だけにするんだ。待ちなさい!」

カトーを知っているか

ペルーで一番有名な「日本人」といえば、アルベルト・フジモリ元大統領で間違いないでしょう。(彼は日本人ではないのかもしれませんが)
では、フジモリ大統領が、ペルーの政治の表舞台に登場する以前、最も有名だった日本人をご存知でしょうか?

その人の名は加藤明。
ペルーの女子バレーボールを世界トップレベルにまで引き上げた人物です。

加藤氏は1933年(昭和7年)神奈川県生まれ。
八歳の頃、ローラースケートで遊んでいる最中に腕を骨折。
リハビリではじめたバレーボールにのめりこみ、中学・高校とバレーの練習に明け暮れます。慶応大学での活躍で、全国区に名を知らしめ、1955年八幡製鉄に入社。1960年から八幡製鉄チームの主将。
その年、世界選手権に出場。
選手を引退し後、61年、母校の慶応大学の監督に就任。
八幡製鉄での仕事をしながら、2部リーグで低迷していた同校を短期間で強化、64年の全日本大学選手権での優勝にまで導きます。

そして、1965年、加藤氏に転機が訪れます。
ペルーからの女子バレーボールチームの監督就任の要請があったのです。
当時は「東洋の魔女」の時代。欧州遠征で22連勝。東京五輪での金メダルの獲得など日本女子バレーボールの黄金時代でした。
自国の女子バレーを強くしたいというペルー政府からの真摯な要請。
心意気を買った加藤氏は、監督を務めることを引き受け、自らの仕事を2年間の休職扱いとしたうえで、ペルーに向かったのでした。

ペルーの女子バレーボールは、64年の南米選手権に優勝しているものの、世界規模での大会では泣かず飛ばず、オリンピックには出場すらできていませんでした。
世界を舞台に戦うため、厳しい練習を課す加藤氏でしたが、ペルーの女子選手たちは、それに全くついていけません。練習に音をあげ、逃げ出す選手が続出。
それを連れ戻す日々が続きます。新聞には、「非、人道的な練習」
「野蛮な国から来た野蛮な監督」との批判記事が掲載される始末。

それでも加藤氏は諦めませんでした。
ペルー全土を歩き回り、才能のある少女を発掘してまわります。
指導はバレーだけではなく、精神面や生活に関しても行われました。
一体感を醸成するためか、練習後は、たびたびスキヤキを作って
選手たちに振舞いました。そうした食事の席で、ギターを弾きながら加藤氏が歌ったのが「スキヤキ」こと「上を向いて歩こう」だったといいます。

加藤氏の熱意は、やがて選手たちに伝わっていきます。
実力は、格段に向上。ペルーチームは第五回世界選手権の出場を勝ち取ります。

しかしながら、2年間の休職期間に終わりが近づいていました。
加藤氏は期間の延長を求めましたが、会社はそれを却下します。
1967年(昭和42年)東京で行われた世界女子バレー選手権が、加藤氏にとって、ペルーの代表監督としての最後の仕事となるはずでした。

選手権では、出場国中最下位。
「せめてもう少し指導ができたなら……」
空港で、苦い思いを噛みしめる加藤氏。彼との別れを惜しむペルー選手団の姿が新聞の紙面を飾りました。
これが幸運が呼び込みます。記事を見て、会社側が加藤氏に理解を示したのです。
さらに一年間、休職を延長することを認められました。

翌68年、ペルーチームは飛躍します。
初出場となるメキシコオリンピックで、主催国メキシコ、韓国、さらにアメリカを次々に撃破。四位に入賞。メダルまでもう一息の実力をつけたのです。
当時、ペルーでは子供にAKIRAと名づける親も多かったといいます。
彼は3年で「野蛮な監督」から一転、「ペルーの英雄」となったのでした。

その後、加藤氏は、監督業に専念することを決意。
会社をやめ、代表監督としての指導を続け、ペルーに永住するつもりだったようです。
本人の固い決意と周囲の期待。加藤監督の元、ペルーの女子バレーボールに更なる躍進があるかに思われました

しかし、加藤氏は突然倒れます。
ウィルス性急性肝炎。多くのペルー国民の回復への祈りもむなしく、1982年、加藤明氏は、49歳の生涯を終えたのでした。

死の翌日、新聞各紙は「ペルーは泣いている」などの見出しで、その悲しいニュースを伝えました。その日、首都のリマでは、協会の鐘が打ち鳴らされ、弔意を表す車のクラクションが、一晩中鳴り止まなかったといいます。

加藤氏の葬儀には5万人のリマ市民が参加。
ベラウンデ大統領が弔辞をよせ、参列した加藤氏の教え子たちは、かつて監督とともに歌った、「上を向いて歩こう」を、
涙ながらに合唱したのでした。

半年後の秋、地元ペルーで初めて開催された世界選手権。
選手たちは一丸となって戦いました。予選、第一ラウンドをグループ一位で通過。
そして、予選第二ラウンド。
これまで一度も勝てず、選手たちの長年の目標であった日本チームを撃破。
勝利の瞬間、会場には紙吹雪が舞い、観客席から「アキラ・カトー」の名前が終わることなく連呼されました。
その後、ペルーチームは、準決勝でアメリカを破り決勝戦進出。
惜しくも、決勝で中国に敗れたものの堂々の銀メダル。それまでの国際大会で最高の成績を収めたのです。

80年代、ペルー女子バレーボールチームは全盛期を迎えます。
南米選手権では、83年から四大会連続で優勝。84年ロス五輪、4位。
86年世界選手権、銅メダル。そして、88年ソウル五輪では、銀メダル。
多くのペルーの国民が、これを加藤氏の業績と考えています。

加藤氏の偉業を伝える記念碑が、ペルーの日本大使館の敷地内にあるとのこと。
現在でも、献花に訪れる方がいるそうです。

ペルーを訪れる日本人観光客が、時折、現地の方から「カトーを知っているか」と尋ねられることがあるとか。
この文章を読んだ方が、ペルーを訪問する機会があり、同様の質問をされたなら、「勿論知っている」と答えてください。

相手は、きっと大喜びしてくれると思います。

いわくつき物件に住んでる

俺もその「いわくつき物件」に住んでた。
いや正確に言えば今も住んでる。

不動産情報みたら家賃ほぼ半額で詳細記述欄にしっかり「告知事項あり」の文字・・詳細を聞いたら前の住人が孤独死してた。
殺人や自殺じゃないからまーいいか・・みたいな軽いノリで借りたよ。家賃半額おいしいし。

入居したその日(冬)からもう家中でパキパキと音はするし、あー空気が乾燥してんだなぁと無視。
朝カーテン開けた状態で出勤して帰ってきたら部屋が暗い・・おいおいカーテン閉まってるし。
夜、電気点けたままタバコ買いに外出して帰ってきて、自分の部屋見上げたら照明が点いたり消えたりを繰り返してる・・みんなもやってみればわかると思うけど、外から見ると目立つんだよ。コレ。

あと、うちの照明器具、吊り下げタイプなんでしばらく放っておくとカサの上の部分に埃が溜まるんだよ。
だからたまに雑巾で拭き取るんだが、ある時、拭こうとして椅子に乗ってカサの上を覗いたら埃の上から「し お め よ」て指でなぞった文字が書いてあった・・意味ワカンネ。

そんなある日ゴキブリが部屋に出たんだよ。
俺ゴキブリ大嫌い!見るだけでゾー!と鳥肌が立つ。
だからバルサンまとめて3個焚いたんだ。
そしたらゴキブリと共におかしな事もピタ!と止んでそれから2年、何も起こってない。

おい、心霊現象てバルサン効くぞ。これオススメ。

もう普通の目で出店を見られなくなった

お祭りの屋台に893が絡んでると知ってから、もう普通の目で出店を見られなくなった。

やたらシロップの種類豊富なかき氷とかも、その筋の人たちが用意してると思うと可愛くて仕方ない。
メロンだのオレンジだのグレープだの色とりどりの甘いシロップに囲まれててさ、氷削るときは綺麗に盛れるようにちょっとずつ器動かしたりしてさ。

特技はイージードゥダンスとありますが?

面接官「特技はイージードゥダンスとありますが?」

学生 「はい。イージードゥダンスです。」

面接官「イージードゥダンスとは何のことですか?」

学生 「トゥーザッツ ゲットーレー エッタシーオーティーアーエーです。」

面接官「え、トゥーザッツ・・・?」

学生 「はい。アイキャンハーバーボーイスです。グッダン ジャストーレー オーバーナイッ ティーアーエー。」

面接官「・・・で、そのイージードゥダンスは当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」

学生 「はい。行くあてが 同じ仲間と全ての嘘 脱ぎされます。」

面接官「いや、当社には嘘をつくような輩はいません。それに人前で全裸になるのは犯罪ですよね。」

学生 「でも、ひとときの輪をつなぎますよ。」

面接官「いや、ひとときとかそういう問題じゃなくてですね・・・」

学生 「朝焼けにくちづけて、波も抱きしめてるんですよ。ポゥ!」

面接官「ふざけないでください。それにポゥって何ですか。だいたい・・・」

学生 「イージードゥダンス」

面接官「ポゥ!!」

学生 「イージードゥダンス」

面接官「ポゥ!!」

学生 「君だけを見ている~」

面接官「ポゥポゥ!!」

Is this a pen?

A : Is this a pen?
B : No, that is an apple.
A : Oh! sorry, apple...this is an apple...
B : Yes, that is an apple.
A : By the way, is this a pen?
B : No!!! That is an apple!!
A : Oh! sorry! This is an apple!!
B : Yes, good. you are smart. good..good.
A : Yes, this is an apple...But is this a pen?
B : Nooo!!! that is an apple!! apple!! apple!!!
A : Pen!! this is a pen!!! pen!!! pen!!!
B : NOOOOOOOOO!! NO!!!!! Fuck!!! apple!! apple!! apple!!! this is an apple!!!!!
A : Fuck!!This is Fucking pen!! pen!! Fuck pen!!

バナナ考えたヤツ天才じゃね?

バナナ考えたヤツ天才じゃね?
よく言われることだけどバナナ考えたヤツは天才すぎるというか、でもだってまず皮がヤバイ。外皮ヤバイ。剥きやすい。
スイカやメロンはバナナ見習えっつー。

そりゃみかんも剥きやすいよ?
でも薄皮ジャマ。薄皮食うんか出すんかで人間を悩ますとこがダメダメ。
その点、バナナは外皮オンリー。しかも種もない。種なし。
種を出すアクションが不要。ワンアクションで食べられる。
ワンアクションフード。

食べるペースも調節できる。大きい口なら一口で、小さい子ならそれなりに。
外皮はソフトクリームのコーンみたいに持ち手にもなっちゃう。
なんという食べやすさ。なんという無駄のないインタフェイス。

外皮のないイチゴなら、皮剥く必要ないじゃんとか言う。ほら、きた。
じゃあイチゴさん聞くけど、おまえ農薬からガードできんのかよ。
バナナの外皮は防毒、保湿、長期保存ばかりか、携帯性にもすぐれちゃってる。
直接、持って散歩に行ける。

あと房。バナナってばちょう房。一本だけじゃなく、複数本を一括で扱える。
ワンハンドでキャリーできる。すごい。バナナすごい。

丸くない。坂道でコロコロ転がらない。
転がりリンゴによる交通事故が多発する現代社会において、バナナなら坂道の事故ゼロ。落としても安心。
バナナは安全をもパッケージング。

ほんとにね。ほんとバナナ考えたヤツ天才。つーか、神?

……神?

そうかもしんない。
バナナ作ったの神って比喩てきな褒め言葉じゃなく、文字通りバナナ作ったのは神。
そしてこんだけバナナが人間向けに作られてること考えると、神って意外と人間のこと気にかけてる。人間のためにちょう尽くしてる。
バナナ作って尽くしてる。

ハハハ、神のやろう、人間のごきげんとるためにわざわざバナナ作ってたなんてね。
あーみえて、結構カワイイとこあるんじゃん。

目と目が合う瞬間

電車で前に立っていた大学生男子2人。
その場に居ない友人Cの話題。

B「そういやお前とCって全然ジャンル違うのになんで友達なんw」

A「俺さー大学入学当初はナメられちゃいけないと思って、すれ違うやつの目睨んで絶対そらさないようにしてたんだけどw」

B「なんでだよwww」

A「5月頃いつもどおりガンつけてたら、そいつがあきらかにヤバイ感じで「あ”?ンダテメコラァ!?」って絡んできたから、びびって咄嗟に「いえ、すっごいイケメンが歩いてるな~と思って…」 って言ったら

「えっ」
「えっ」

で、変な空気で見つめ合っちゃって」

B「wwwww」

A「友達になった」

B「バカじゃんwwww」

A「あとでCに「あのとき態度悪くてごめんね、俺人見知りだから」って謝られたわw」

B「態度かわりすぎだろw あいつ見た目きついのに素直なw」



男の子の友人作りって不思議ね

君のためなら死ねる

いとこに子供が産まれたんだが、ごくごく普通の名前で安心していたら一瞬魔がさして「愛(ラヴィ)」になるかもしれなかったとのこと。
前々から候補を挙げて「絶対この中から決めよう」と約束していなかったら危なかったらしい。

出産ハイはあるよ!と力説されたが普段まともな二人なのにこええ…
それになってたら絶対脳内でヌヌネノ流れてたわ…

「何が悪かったのか考えさせて下さい」

20年前の話。

小学生生活半ば頃、通信簿をほぼオール3・オールBにされたことがある。
当時テストは全部100点、都道府県単位で順位が出るテストでもいつも一桁台だったし、教師の父に厳しく言われていたので提出物も授業態度も問題なしだったのね。

それまではほぼオール5だったのに、いきなりオール3。
渡された時の衝撃は今でも忘れられない。
頭が真っ白になってるときに、担任に「ショックでしょう。そのショックが大事なの。」と笑顔で言われた。
その時は多分「どうしてですか」みたいなことを聞いたんだと思うが、
「そこを考えなさい。だからダメなの。」という返答があったのを覚えてる。
友達に慰められ泣きながら帰った。
怒られるのが怖くて泣いてたんじゃなくて、ただショックで、だからダメ」って言葉が自分を全否定しているようで。

帰宅後すぐに見せた母には怒られた。
完璧に近い成績でオール3なんだから、さぞ授業態度が悪かったのだろうと思うのは当然だよね。
私もわけがわからないまま大泣き。
父が仕事から帰ってきて、「手を挙げて積極的に授業に参加したか」「授業は静かに聞いたか」等ひとつずつ確認。
した、としか言いようがない私。

父は首をひねりながら、授業態度はわからないけど、担任からのコメント欄はいいことしか書いてないし、全教科均一に下がるのはおかしい。
理解度、提出物の項目にまでBがついている。
それにここまでいきなり成績が下がったら、少なくともうちの高校じゃ担当みんなで職員会議モノだなあ…と、翌日、父が学校の夏休みコールに電話してくれることに。

後で話を聞いたところ、両親はこの時点で「なんか変じゃね?」という雰囲気になっていたそうだが、ガキな私は全然気づかず、何が悪かったんだろう…とグスグス。

で、翌日。電話したら担任がいたので、代わってもらって喋る父。
途中で子機を持って車に籠った時点で変だなあとは思ってた。
しばらくして車から出てきた父は顔が真っ赤でマジギレモード。

要約すると、
「私ちゃんはあまりにもいい子ちゃんすぎて、今のうちに挫折しておかないとダメな子になってしまう。だからあえて酷い成績をつけました。ショックを受けていたでしょう?人間的に成長できたと思います。何が悪かったのか考えさせて下さい。」
って理由だったんだと。

後に父が言うには、最後の「何が悪かったのか~」でブチ切れたらしい。
そのまま教頭だの何だのに連絡。管理職の方々は説明させますので!と父と私を学校に呼び出し。
校長室に呼ばれると、校長教頭+担任がいた。担任は泣きはらした顔で、部屋に入ってくるなり私を睨む。
睨むのはやめなさい、と父の地底から出てきたような声。

途中に担任のヒスが差し込まれるも、話し合いはサクサク進んでた。多分。
私にもちょこちょこ状況確認が入った。
驚いたことに、私の成績がアレだったことに対して、他の生徒の親から
「私さんがオール3だったそうだが、子どもは不思議がっている。どういう基準でつけているのだろうか?」と連絡が数本入っていたらしい。
後から知ったのだけど、中学受験組の親だったみたい。

最終的に学校からは謝罪。担任が勝手なことをして悪かった、チェックが杜撰になっていた、等。
先生内で回してチェックする仕組みにはなってたんだけど、ハンコ押すだけの流れ作業になっていたそうだ。
最後の最後に担任が大泣きで喚き、話し合い終了。夏休み明けには担任が変わってた。

10歳になるかならないかの子供心には大ショックだった話です。

ツヤツヤ輝く様は・・・宝石のよう。

面接官「この仕事はね、すごく神経を遣う仕事なんだよ。そういうの大丈夫?」

俺   「平気ですよ」

面接官「ふーん。いつもどんな事考えて仕事してたの?」

俺   「えー、あの・・・イクラ丼のこと考えてました」

面接官「えっ」

俺   「イクラ丼が大好きで、腹いっぱい食いたいと思いながら仕事してました」

面接官「フヒャヒャハヘヘヘヘwwwwwハヘヘヘwwwwwwウヒwwwwwww」



今日電話かかってきて採用だってよ。お盆明けから来いってさ。
プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FCカウンター
FCオンライン
現在の閲覧者数:
MMOタロット占い
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR