うまれてきてくれてありがとう

実話なので少しだけ変えてあるけど。

小学校の時、転校してきた奴で、少し変わった奴がいた。
家はやや貧乏そうで、親父さんがいないみたいだった。
お袋さんは2,3回見たことがあるけど、優しそうな人で、そんなに不幸そうではなくて普通に明るい奴だった。

でも、変わってるのはそいつがどんな真夏でも絶対に長袖を着続けていた事だった。寒がりって訳ではなかった。
夏休み前とか、長袖シャツに半ズボンで学校に来てたし。

あと、プールの授業にも絶対出なかった。
なにか体にコンプレックスがあるのかな?ってようやく気付いて来た頃、クラスの悪ガキ達の間でそいつをよくからかう様になった。

その長袖シャツを剥ぎ取ろうと、みんなでからかったんだけど、ある日、そいつが無性に怒り出して暴れて、そいつの指が俺の目に入った。
俺は涙がボロボロッと出てきて、他の奴らはそれに感化されてカンシャクを起こして、数人で本気になってそいつの服を剥ぎ取った。

そうしたら、そいつの右腕にヘンな物が…
「うまれてきてくれてありがとう(ハートマーク)だいすきなわたしのあかちゃん○○くん(ハート)ままはとってもうれしいです(ハート)いいこにそだってね(ハート)○○ままより(ハート)」
と、すこし歪んだ「刺青」が施されていた。お袋さんの「お手製」だったのかな。

そいつは、その後しばらくしてまた転校してしまった。
それから一回も会ってないけど、今はどこにいるんだろう?
今そいつも俺と同い年の25歳か…
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時は来たっ!

自職場に前の部署で陰湿ないじめをやらかして、一人女の子を退職させた社員が来た。
要するに厄介払い。

しかし、そいつはまったく反省をしていなかった。
職場のリーダーである私の指示にはほとんど従わず大きな声で私を罵った。
私がそいつより年下であるにもかかわらず指示を出されることが気に食わなかったらしい。
要するに私が次のターゲットになったのだ。

毎日いびられ体重が5キロも減った。
だが私は耐えた。
なぜならそいつは私の直属の上司と仲がよかったからだ。
私には時間が必要だった。

まず始めにその社員がいびっているパートさんや派遣さんたちを徹底的にかばった。
彼女たちがいびられるときには私が敢えて矢面に立った。
案の定彼女たちは私に対して好意的な態度を取り、自分たちをいじめる社員を忌み嫌った。
ここが第一段階。

次に、これは私にとっての幸運だったのだが、件の社員は仕事ができなかった。
普段威張り散らしている割にはミスが多い。

もちろんその場で叱り飛ばすなんてことはしない。
その代わり裏では上司にはきちんとミスの報告をした。
他の誰かがやらかしたミスもそいつがやったことにして。

仕事に厳しい上司は次第にそいつを疎みはじめる。
親しげなよび方から呼び捨てに変わった。

私は時期が来たと感じた。

ある日、いつものように私をいびりはじめたそいつに対し
「そんなに私のやり方が気に入らないならてめぇでやってみろや!!!!」
と声を荒げた。

そいつは逃げた。普段あんなに強気なのに。
だが私は逃がさなかった。

襟首をつかみ引きずり倒して「ほらやってみろよ!」と脅す。
涙目になっていたが誰も助けには来なかった。
周りにいるパートや派遣は冷笑を浮かべてその様を見ていた。

ついには上司に向かって助けを求め始めた。
だが上司は「いいから仕事しろよ。納期間にあわないだろ?」とだけ答えた。
そいつはその後三日会社を休んだ。

三日後出社し、何もなかったかのように周りの子に話しかけようとするそいつに私は言った。
「三日休んだら頭にリセットかかるのか?おまえのメモリーファミコン以下だな」
そいつは泣いたが当然誰も助けには来なかった。

その後社員は転属を何度も願い出るが、前の部署で散々やらかしていたため、どこにも受け入れてくれる場所がなくなっていた。

明日はちゃんと会社にこれるかな?

嵐の中で

すごい結婚式に出席しました。
まず新郎の親族が集まっていなかったため式が40分遅れた間に天候が急変して雨が降り出した。空はみるみるうちに真っ暗!
会場は予定していたガーデン挙式を室内式へ変更する準備を始めていたが、新婦の強い希望でガーデン挙式決行!!

さらに悪化した天候。大粒の雨と雷の中開式。
列席者は全員傘をさして参加。いすはあるけどずぶ濡れで座れない。
そして傘なしで新郎新婦入場。
コレがまた・・・。

新婦の夢だったとかで小学生くらいのバレリーナ6名が現れ2人を先導(花の妖精たちが幸せへ案内してくれるイメージだとか・・・。)
妖精さんたちのシューズとメイクがドロドロ、もちろん全身ずぶ濡れ。
列席者から「かわいそう」「やりすぎだ!」など抗議の声続出。
あまりの状況に司会者が新婦から了解をとり、子供たちは開放される。
(本当は式が終わるまで新婦の横に立っている予定だったらしい。)
そして退場。歩く2人のバックには幾度も稲妻が走り、雷鳴が響く!!

都市伝説の男

寝過ごして慌てて下車したら山奥の駅だった旦那。
終電だったし、携帯は充電がなくなり5時間かけて歩いて朝帰ってきた。


心霊スポットで有名なトンネルを歩いていたら、若者達を見つけたらしい。
麓まで乗せてもらえないかと頼もうと、小走りで近寄って行ったら悲鳴をあげて帰ってしまって、違うグループも最初の若者と同じだったと聞いた。


若者達怖かっただろうな

親子

昨日、3歳息子が急に発熱した。
40度近かったのですぐに連れて行った病院から帰る際、
「わぁ~。お月様がついてくるね~。僕の事好きなんだね~」
と息子が言っていた。それを聞いた旦那が
「俺、小さい頃同じ事言ってた気がする。自分が好きだからはなかったが」
うん、そうだね、私にも覚えがあるよ。
「風がついてくる~。私のことが好きなんだ!」と言っていた覚えが・・。
見事に両親を足して生まれた息子だった。

でも言っちゃいけないんだよ

新幹線で隣に座った親子(娘3歳くらいかな?と父)

娘「×ちゃん、おとうさんなんて嫌い~」
父「お父さんも×ちゃん嫌い~」
娘「きらいよねー」
父「うそ!ホントは好きでしょ?おとうさん、本当は×のこと大好き」
娘「ほんとはすきー。でも言っちゃいけないんだよ。きらいだもん」
父「えー、じゃぁお父さんもきらーい でも好きって言わないとおひげジョリジョリの刑だ」
娘「イヤだー、ジョリジョリいやー」


娘ちゃんが寝ちゃうまで、ずっとこんな感じでいちゃいちゃ楽しそうでした。

閉めない戸口

小さな村の小さな家に母親と娘が暮らしていました。
母親は日が暮れると、
「泥棒が来るかも」と鍵をきっちり閉める人でした。
娘は母親のように、田舎でうずもれてしまう生活に我慢できなくなって・・・。

ある朝「お母さんへ、親不孝な娘のことは忘れてください」
と手紙を残して都会へ行ってしまいました。
しかし、都会での生活は厳しくて、なかなか娘の思うようには行きませんでした。

10年後、都会の生活に疲れた娘は、
田舎に帰ってお母さんに会いたいと故郷へ向います。

10年ぶりの帰郷でしたが、家は昔のままでした。
辺りはすっかり暗くなっていましたが、窓の隙間からは、かすかな光が漏れていました。
ずいぶんと迷ったあげくに、娘はようやく戸口を叩きました。
けれども返事がありません。
思わず取っ手に手をかけると扉の鍵が開き、部屋に上がってみると・・・。

やせ衰えた母親が冷たい床の上に一人で寝ていました。
思わず娘は、母親の寝顔の横にうずくまると肩を震わせて泣きました。
その気配で気づいた母親は、何も言わずに娘を抱きしめました。
しばらくたって娘は母親に、
「今夜はどうして鍵をかけなかったの?誰か入ってきたらどうするの?」
とたずねました。

母親はやさしい笑顔で娘に、
「今夜だけじゃないよ。もしもお前が夜中に帰ってきたとき、鍵がかかっていたらどこかに行ってしまうんじゃないか、そう思ってこの10年間ずっと鍵をかけられなかった」
と答えました。

その夜、
母と娘は10年前に時を戻し、鍵をきっちりかけ、寄り添いながら眠りにつきました。

ジャイアントパンプキン

私の育てた競技会用ジャイアントパンプキンは75gぐらいに育った(><)

オカルトフォーラムから消えていく人

22年位前、まだインターネットなんて全然普及してなかった時代だけど、俺はパソコン通信にはまってた。
某F社系のパソコン通信サービスには沢山の「フォーラム」と言う2chで言う所の板があって、そこには
「オカルトフォーラム」って言うのもあり、もちろん俺はそこに所属してたんだ。
毎日毎日チャットでUMAや霊魂、UFOや前世など、そっち方面の話で夜遅くまで盛り上がってた。

チャットにはまってから1ヶ月ほどたって、不思議な事に気付いた。
日に日にチャットに参加する人数が減っていくんだ。
月初にはROM(見てるだけ)の人も含めると30人くらい居たチャット参加者がだんだん減って行く。
1人減り2人減り・・・とうとう月末には俺を含めても2~3人しか居なくなってしまった。
そんな人数ではチャットも盛り上がらない。でも俺はあの賑やかなチャットの雰囲気が恋しくて、毎日
フォーラムに行き、朝まで人が入ってくるのを待った。

その思いが通じたのか、ある日突然、あの賑やかなフォーラムが戻ってきた。
チャットルームには20~30人人が居て、大賑わい。あの閑散としたチャットは何だったんだと不思議に思っていた数日後。
俺は人が居なくなった意味を知った。

プロバイダとNTTからの請求書が届いたのだ。
そこには、プロバイダ接続料:1分10円 計18万7600円(税込) NTT通話料:6万7650円 と書かれていた。

今の今まで思っていた事

向かうところ手品師
だと今の今まで思っていた

頑固で無口な父

私の父は無口で頑固で本当に怖くて、親戚中が一目置いている人でした。
家に行ってもいつもお酒を飲んでいて、その横で母がせわしなく動いていた記憶があります。

私が結婚する事になり、ドキドキしながら主人を連れて行くと、ずっと黙ったまま。
やっと口を開くと
「ビールは何を飲むんや?」でした。
その日はなんとか無事に終わり、式の当日終始酒をつぎにまわってた。
その後、子供が生まれ少し育児ノイローゼ気味になった私を見て、なぜか毎日孫の世話をしに来るようになった。
当然子供の面倒など見たことないので、する事がめちゃくちゃでイライラしていた私は嫌味ばかり言ってしまった。

2ヵ月後、あまり調子がよくないと言っていた矢先他界した。
なんでもっと優しくしてあげなかったんだろう?
紙オムツの仕方を聞かれて、それぐらいわかるでしょってなんで冷たく言っちゃったんだろう?

あの日、自分でどうにかしようと思って変な形になったオムツが残されてた・・・
その後、毎日つけていた日記が見つかり、式の当日
「あのバカ娘がとうとう嫁に行った。最後の挨拶では涙が出た。幸せになれ。」って書いてた。
おまけに家には主人があの日答えた「アサヒビール」が押入れいっぱい詰められていた。

お兄ちゃん

私の家は4人兄弟の6人家族。
私一人だけ、他の三人とは年の離れた母の連れ子。
5歳の時に母が離婚して、今の旦那さんと再婚した。
一番上のお兄さんは、年が離れすぎてて仲良くなれなくて、長女のお姉さんは、母を嫌っていてなんか近づきがたかった。
母は新しい旦那さんに夢中になって、私のことなんて相手してくれなかった。

子供だった私は寂しくて、優しく接してくれる次男のお兄ちゃんに付きまとっていた。
その真ん中のお兄ちゃんは当時高校生。
幼い私を凄くかわいがってくれて、私のくだらない話を真剣に聞いてくれた。
絵を描くのが上手で、お話を作るのが上手で、家にいるときはいつも一緒だった。

お兄ちゃんには、とってもかわいい彼女がいて、私はデートについて行って、いつも邪魔ばかりしていた。
だけど、お兄ちゃんも彼女さんも、嫌な顔を一つもせずにいてくれた。
だから、お父さんがいなくてもお母さんが相手してくれなくても、寂しいとは思わなかった。

それから数年して、お兄ちゃんが彼女さんと結婚することになった。
私は悲しくて、泣き喚いて阻止しようとした。
デートについて行っては、彼女さんを困らせて「嫌いだ」と口走り。
いよいよ結婚する段になったら、お兄ちゃんにも「嫌いだ」と言い、話しかけられても無視して、「お兄ちゃん」とも呼ばなくなった。
結婚式の時、直前になって指輪を運ぶ役を嫌がって止めてしまい、披露宴でお兄ちゃんに読む手紙も、不貞腐れて結局読まなかった。
母や母の旦那さんが私を叱る中、お兄ちゃんと彼女さんは私を気遣って庇ってくれた。

それから半年ぐらい後の日曜日の真昼間。
お兄ちゃんと彼女さんは、居眠り運転のトラックに突っ込まれて即死した。
結婚式から一度も「お兄ちゃん」と呼ばず、なんとなく気恥ずかしくて気まずくて、昔みたいに接しないまま、真ん中のお兄ちゃんは死んでしまった。

後悔と言うか、何がなんだか分からなくて泣きもしなかった。
お葬式が終わって、二人の新婚生活の始末をした時に、5日後に迫った私の誕生日プレゼントが、押入れの中にしまってあったと、母から渡された。

「誕生日おめでとう。また一緒に遊ぼうね。」と、お兄ちゃんと彼女さんの連名で、大きな熊のぬいぐるみ。
人が死ぬということを理解したわけではないけれど、もう二度と会えないことだけはよく分かった。その時初めて涙が出て、それからずっと泣き続けた。

今、高校生になってあの時のことを思い出すと、申し訳ない気持ちで一杯になる。
もし同じ立場になった時、今の私にお兄ちゃんや彼女さんと同じような態度が取れただろうか。
つまらない子供の話を、飽きもせずに聞いてあげられるだろうか。
いつもいつも付きまとう子供を、優しく抱きしめてあげられるだろうか。
二人きりでいたいはずなのに、お邪魔する子供を喜んであげられるだろうか。

アルバムの中のお兄ちゃんと私は、いつも凄く楽しそうに笑ってるのに、私が鮮明に思い出せるのは、「嫌いだ」と言われたときのお兄ちゃんの寂しそうな顔でしかない。

大勢いれば持ち上がる   はずなのに…

◯光教の宿舎の前で車が田んぼに落ちてた。
◯光の信者さん20人くらい出てきて寄って集って手かざししてあげてたけど、あれじゃ何時間たっても上がらんよな。
終いにゃ「私達ではまだ未熟なので上げられません」っていって蜘蛛の子を散らすように去っていったとさ。
軽自動車だったから手かざしでなければ確実に上げられたんだけどねぇ。

雑巾

仕事帰りに近所のぼろアパートの前を通りかかると必ず目に入るのが、2階の窓の鉄柵にだらしなく置かれた焦げ茶色のぼろゾウキン。
昭和のニオイあふれるぼろアパートにぼろゾウキンという組み合わせは然したる違和感もなかったが、鉄柵の粗い隙間からゾウキンのボソボソした繊維がはみ出しているのを、なんとなく習慣として毎晩見てしまっていた。
しかも仕事帰りの夜23:00頃にそれは必ず目に入ってきて、疲労した自分には悲壮感あふれるオブジェクトとして認識されていた。

しかしとある平日の朝、「雨が降りそうだなあ」と何とはなしに空を仰ぎ見たその瞬間、例のぼろゾウキンがいつもと違うカタチで鉄柵に鎮座しているのを見てしまった。
自分が1年余りの間ぼろゾウキンだと思っていたそれは、べっ甲柄でもっさもさの長毛の生えた一匹の猫だった。

そいつはこっちを退屈そうに一瞥したあと、向こうを向いて鉄柵に腹這いになってしまった。
その姿は自分が毎晩見ていたあのぼろゾウキンのポーズそのものだった。
その晩から、ぼろゾウキンは悲壮感あふれるオブジェクトなんかではなく、仕事帰りの楽しみのひとつになった。

あれから間もなく引越しをしてあの猫を見る事はなくなってしまったけど、今でもふと見た塀の上に猫がいるんじゃないか?路地の間に猫がいるんじゃないか?と思ってしまう。
それは地下鉄で家と会社を往復するだけの時間に長く拘束された自分にとって、とても良い気分転換になる。
見たものだけが全てではない、下ばかり見て生きてると損をする。
今ではそう思って生きている。
やはり人生には小さくても質のいい楽しみが一つでも多くあった方がいい。
定年後はその楽しみの中に「猫と暮らす事」も含めたいと思う。

一時的な記憶喪失

数年前に何人かでスキーに行って、脳挫傷で一時的な記憶喪失になったときの話。
俺がジャンプで飛んで倒れて、イビキをたてて寝てたらしい。
皆が声をかけると起き上がり、「大丈夫ですから。大丈夫ですから。」
と言いながらどこかへ立ち去ろうとしたらしい。

何かおかしい。と思った皆はスキー場のレスキューを呼んでタンカに俺を縛り付けてホテルへ。
ホテルでその場にいた皆に「どなたか知りませんが、ありがとうございます。大丈夫です。」
「ところで、私に何があったんですか?」と同じことを何度も何度も繰り返し、皆がそれぞれ、
「俺のことわかる?」と聞いても「どなたですか?」しか答えなく、その間も同じ事を言い続けてたらしい。

その後、救急車で病院へ運び込まれ色々調べた結果、命に別状はなく衝撃で脳の記憶関連の部分が一時的に麻痺してるような状態。と診断されたらしい。
もしも万が一何かあってもまずいので、とICUに運び込まれ、その後記憶がつながりだした。
記憶喪失中の自分の行動が一切思い出せない、倒れる30分位前からの記憶がない。

記憶を持っていない記憶喪失中の俺はいったいどんな俺だったのだろうか。
周りに聞いても、これ以上の事は教えてくれない。

なぜそのチョイス?

自分は外大に通ってて、海外からの留学生の友達も多い。
その内の一人のアメリカ人(仮にジョンとしておく)は、日本びいきではあるんだけど日本の映画はお気に召さないらしい。
いわく「日本の映画は物語の起伏が乏しいし、派手なアクションもないからつまらないよ」
確かにハリウッドのあのド派手爆発アクションに比べたら味気ないかもなぁ、と特に何も思わず納得してた。

でも、そんなジョンの言い分を横で聞いてたドイツ人(仮にヨハンとしておく)が何故かキレ気味に噛みついてきた。
「日本映画がつまらない!?君の見識は随分狭いようだな」
ヨハンはかなりのジャパンカルチャー好きで、特にジャパニメーションにはすっかり骨抜きにされてる。
「好きな映画は?」と聞かれると必ずジブリ映画を挙げるし、そもそも日本語を始めた理由が
「字幕や吹き替えなしにナルトを観たいから」らしい。
そんなヨハンのアニメファンっぷりを知らないジョンは、売り言葉に買い言葉で返してきた。

ジョン「見識も何も事実だろ。僕は日本語勉強のためにいろいろな映画を見たけど、どれも静かで平坦でつまらなかった」

ヨハン「君は本当に素晴らしい日本映画を知らないんだ。な、○○(俺)?君もそう思うだろ?」

俺「えっ、いや別に。個人の好みもあるだろうし。つーか食堂で喧嘩すんなうるさい」

ジョン「(聞いてない)じゃあ僕にその『素晴らしい日本映画』とやらを紹介してくれよ。本当にあるならな」

ヨハン「ああわかった。見せてやる。それで泣きながら『自分が間違ってた』と言わせてやる」

啖呵切ったヨハンは止める間もなく食堂から飛び出して行って、15分くらいしたらダッシュで戻ってきた。その手には1本のDVDが

ヨ「図書室から借りてきた!これから一緒に観るぞ!」

ジ「何だそれ」

ヨ「『火垂るの墓』だ!」

俺「ブフォッ( ;゚;ж;゚;)゙;`;:゙;」

ジ「○○、知ってるのか?」

ヨ「知ってるに決まってるだろ。日本ではかなり有名な名作だからな」

何でお前が勝手に返事してんだよ、
つーか数あるジブリ作品の中からどうしてそれを選んだ。
言いたいことは山ほどあったけど聞いてもらえず、急かすヨハンに引っ張られ、2人は観賞会のため寮に戻って行った。
(自分は直後に授業があったからパスした)

午後の授業が終わってから、ヨハンから連絡があって合流。
でもジョンの姿がない。

俺「あれ?ジョンは?」

ヨ「寮で寝てる」

俺「寝てる?こんな早くから?つか観賞会どうなった」

ヨ「うん。映画のせいで寝てる。体調悪くなったらしい」

俺「・・・それ、寝てるじゃなくて寝込んでる、だよな」

ヨ「そうとも言う」

ドヤ顔すんな!クレしんネタのつもりか!

結果的に、観賞会は大成功だったらしい(ヨハン談)
最初は渋ってたジョンも、観始めたらどんどん映画にのめり込んでいったらしい。
作中に出てくる用語や設定の解説をヨハンに求めてきたのも最初のうちだけ。
最後には泣きじゃくって何言ってるのかもわからないほどだったらしい。

ヨ「あいつ途中から泣き始めて、隣ですごくうるさかったよ」
俺「そりゃあの映画はな・・・」
その日から2日間、ジョンは寮の部屋からほとんど外出しなかったらしい。
それが先週の話。

今朝キャンパスで顔を合わせたジョンは、心なしか顔がやつれてた。

ジ「僕が間違ってたよ。あれは確かに素晴らしい映画だ」

ヨ「わかってくれて僕も嬉しいよ」

ジ「でももう二度と観たいとは思わない。日本のアニメ怖い」

俺「待て、誤解するなよ、ああいう作品ばっかりじゃないから」

ヨ「じゃあ今日はもっと楽しくてファンタジックでロマンチックな映画を観よう!」

そしてヨハンが借りてきたのがトトロ。
ジブリ代表作だしトトロなら大丈夫だろう、と安心して自分も朝から観賞会に参加した。

びくびくしてたジョンも、火垂るの墓みたいに怖いストーリーじゃないと分かったみたいで、徐々にリラックスしてた。
途中には「この寮にまっくろくろすけ出てこないかな」とか言い出す始末(ヨハンはサツキとメイと一緒に歌ってた)

でも、メイが迷子になるシーンで号泣し始めるジョン。
メイが見つかっても泣きやむ気配がなく、隣でネコバスに歓声を上げてるヨハンとはテンション大違い。
結局後半ずっと泣き通しで、エンディングのほのぼのさで何故かまた泣く。
いくら宥めすかしても泣きやまずだったから放置してきたけど、まさかまた授業休んだりしないだろうな、あいつ。
ヨハンは「次はナウシカだ!」って意気込んでる。
やめてやれ。せめて紅の豚にしてやってくれ。

糸冬←こういうの書いてけ

里予 木寸 シ少 矢口 イ弋 の 

糸吉 女昏 木目 言炎 戸斤

王子に会いにいくわ!!

アニメ好きな友人の付き添いで秋葉原に来ていたアメリカンちゃん。
道に迷っていたところをカタコトの日本語で偶然話しかけられ、私の職場が近く、ちょっと暇な時間だったこともあって観光案内を買ってでてみた。
なんやかんやで意気投合してメアド交換。


彼女達が帰国後 私はあまりアニメに詳しくないので、互いの文化や普通の日常的なメールなんかをしていたが、ペットの話になり私の飼っていた犬の写メを送りつけてみたところ、ありえないぐらいハイテンションな返信がきた。
なんて犬!?可愛すぎる!!
王子(犬)に会いにいくわ!!ぎゃー!神様!
と、大変お気に召した様子で本当にすぐ我が家に来日してくれた。


近所の川沿いにたくさん散歩しているのを発見し、本気で移住を考えているそうです。
その魅惑の犬は、柴犬www

恐怖のすき焼き

子供の頃すき焼き食べてたら、糸コンニャクの片方の端が胃、もう片方は口の外に出てしまい万国旗手品の様になって死にかけた。

保育園でシラミが流行

子供の保育園でシラミが流行りだして、うちの子も頭をカイカイはじめたので病院へ行った。
看護師さんに子供のシラミ検査と告げたら
「どこの毛ですか~?」
「頭です」
「頭だけでいいですか~?一応ほかも見ておきますか~?」
と、言った瞬間、子供を見て真っ赤になる看護師さん、
「ま、まだ生えてないですね」
なんて言うから吹き出してしまった。
あらやだほほほ失礼イタシマシタほほほと言い合う私達の隙間で子供キョトーンとしてた。

忍者グッズ専門店

大阪の海遊館のそばのショッピングモール(?)には忍者グッズの専門店や侍グッズ店、挙句に忍者屋敷まである。
忍者グッズ専門店ではナルトや忍たまなどが飾ってあり、お土産用の手裏剣も売っていた。
初めて行った漏れもテンション高くなったが、そこに来ていた白人のカップルのテンションの高さはすごかった。
彼女のほうは「ナルト!!サスケ!!」とハイテンションだし、彼氏のほうは手裏剣やクナイをみて興奮気味。
店内でやってる手裏剣投げコーナーでは子供達に混ざって何度もやってたわ。

その後お土産用に大量にグッズを買っていってた。
忍者ブームって海外で結構すごいのかと思った出来事でした。

イタズラ大成功

結婚前だけど・・・
職場の人間関係と仕事に追われて精神的に参っていた彼女。
仕事をやめたくなったらこれを開けろ、と封筒を渡した。
約3ヶ月後、涙声で電話をかけてきた彼女。
どうやら封筒の中身を見たらしい。
イタズラ大成功。

封筒に入れたのは単なる婚約指輪なんだけどね。

よりによって

実家の母が「ファン辞めた」って理由でテリー伊藤グッズをダンボール4箱分送ってきた。
俺だってファンじゃないよ…置き場所が無いよ…困る…

背中のぬくもり

先日、友達の命日に墓参りをした。
いつもバイクで行くのだけど、例に漏れず今回もバイクでの墓参り。
毎年この時期は寒くなってくるので上着は手放せず、バイクでのお出かけ時には必ず上着を着用してく。
一通り話し終わって帰る時に何を思ったのか、二人乗り用のステップを下ろしてた。
(バイクに乗ってる人ならわかると思うけど、普段は上げてあるやつ)

自分でもなぜ下ろそうとしたのかはわからない。
気まぐれにステップを下ろしたまま走っていると、風が冷たくて「寒いなぁ」と思ってたけど、この日はそれだけじゃない。
まるで誰かがタンデムシートに座り、体を運転手へ預けているかのように、背中へほんのりとした温もりを感じる。
背中へ体を預けられているかのような、そんな温かみを感じる。
なんとなくだけど、その温もりは「友達が乗ってるんだな」って思えて嬉しかった。
帰宅してバイクから降りる時には「ありがとう、またね」と声をかけた。
その言葉の後にはなんとなくだけど、友達は在るべき場所へと帰っていったような気がした。

背中が温かくなったのはただ熱が溜まっただけなのかもしれない。
例えそうだったとしても、俺は友達とタンデムができてたと信じたい。
綺麗な黒髪のショートカットが似合う、かわいい笑顔のモデルみたいな長身の友達。
見た目はお人形さんみたいだけど、ちょっとだけ天然で何もないところで躓くような友達。

そんな君とタンデムができて嬉しかった。

今 日 の 夫 の 寝 言

「あぁ。800ピヨンもあれば大丈夫だと思いますよ」


なんの単位だwww

女は顔じゃないんだよ

必ずしも美人がもてるわけじゃない
女は顔じゃないんだよ。

1、髪のケアをしてる
2、大声で笑わない
3、ガリガリじゃない
4、いつも気配りできる
5、ノリがいい
6、小さな子供にも優しい

以上6点がイイ女の条件。

条件多くて覚えづらいので
「か お が い の ち」って覚えるといいよ

お腹の赤ちゃんをなんと呼んでいますか?

母親学級で粗品がもらえるアンケートに適当に答えたけど、後で発表するなんて聞いてない。
「お腹の赤ちゃんをなんと呼んでいますか?」の問に「おチビちゃん」「ベビちゃん」「エンジェル」などの回答が続く中
私の「封印されしエグゾディア」が読みあげられた瞬間の空気ときたら。よし いっそ殺せ。

まほーつかい

電車で隣合わせた人の靴が、つま先が反りあがってて尖ってて銀色だった。
靴にビックリしてこそっと顔を見たら、腰までのサラサラ長髪に山高帽。
一緒に居た息子が「おぉ、まほーつかい」と言ったらその人はニコニコしながら
「いかにも。でもその事は秘密なので小さい声でヨロシクね」って返した来た。
2駅ほど息子とまほーつかいはヒソヒソ話してた。
後から息子に何を話していたのか聞いたけどまほーつかいのと約束でナイショなんだとw
しかし、あんな靴どこで買うんだろ?

バーゲンで開店と同時に

バーゲンで開店と同時にトイレにダッシュするの楽しすぎwww

30人くらいついてきてワロタwww

シュッシュッと参上

オレは忍者の衣装でサバゲして、そういうかっこしてるの忘れてそのままコンビニ行ったことがある。
やけに見られるなあ、と思いつつ買い物してたんだが、途中で自分が今忍者なのに気が付いた。
恥ずかしくなって、弁当のああためも断ってそそくさと店を出た。
小走りに店を出て、車に乗り込むオレの背後から、忍者だ!とかやっぱすばやい!とか聞こえてきた。
それ以来おふざけコスプレはしないようにしている。
プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

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