あーもう我慢ならん!

私の体調が悪いので2歳の息子を連れて病院へ行った。
待合室の椅子に座って、迷惑にならないように気をつけながら静かに絵本読んだりコソコソ2人で遊んでた。
 
向かいの席に見事なツルッパゲで体格のいいおじさんが座ってたんだけど、息子がいきなり大声で「おかしゃん!みて!ピッカピカ!あたまピッカピカ!ピッカピカ!」って…orz
 
待合室中が凍りついて、私も頭真っ白。
謝ろうとした瞬間、おじさんが大きな溜め息をついて立ち上がり
「あーもう我慢ならん。おい、ぼーず!お前さっきからかわいいんだよ!おいでぇぇ(ハート)…抱っこしてもいいですかお母さん?うひゃっかわいい~かわいいな~(ハート)」
そしてスーツの懐やポケット、カバンの中から飴やらクッキーやら色んな物を出してくれた。
息子大喜び。
もういろんな意味で涙出そうだった。
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急な飛び出し

車を運転中、信号無視で飛び出して道路を横断(俺の進行方向から見て左から右へ走った)した子供に
「コラ!危ないよ!」
と窓から顔を出して叫ぼうとしたら
コラ!と叫んだ途端に食ったばかりのカツ丼が全部出てきた。
子供は完全に怯えてた。

重いコンダラ系

「命あっての物種」を「命あってのものだね!」だと思っていた時期が私にもありました。
そうだね。プロテインだね!

しかし、ネット上には

「命あってのブッシュ」

と読んでいた更なるツワモノがいた。
世界は広いぜ。

金はどこだ!!

夜、出掛ける準備してたら強盗入ってきた。
ライダースタイルみたいな黒ずくめで黒ニット&マスクみたいな男。

あまりにもびっくりして、偶然俺も同じような格好してたから
とっさに出た言葉が
「おっお前ここの住人か?!」
元々散らかってた部屋の物をバッタバッタ散らかしながら
「金はどこだ!!言わないと殺すぞおぉ!!」
やたらとハイテンションで暴れてたら強盗慌てたように無言で出ていった。
怖かった…。

妹「てじな~にゃ!」

妹が突然「手品をやります!」と
「♪ちゃららららら~」とオリーブの首飾りを歌いながら猫様をダンボール箱に入れた。
そして箱を持ち上げると(底は抜いてあった)猫様が二匹になっていた。
「はーい、このとおり猫が分裂しましたー」
…それからうちの猫様はずっと分裂したまま。

手紙将棋

師匠は将棋が得意だ。
もちろん将棋の師匠ではない。大学の先輩で、オカルトマニアの変人である。俺もまた、オカルトが好きだったので、師匠師匠と呼んでつきまとっていた。

大学1回生の秋に、師匠が将棋を指せるのを知って勝負を挑んだ。俺も多少心得があったから。しかし結果は惨敗。角落ち(ハンデの一種)でも相手にならなかった。
1週間後、パソコンの将棋ソフトをやり込んでカンを取り戻した俺は、再挑戦のために師匠の下宿へ乗り込んだ。
結果、多少善戦した感はあるが、やはり角落ちで蹴散らされてしまった。
感想戦の最中に、師匠がぽつりと言った。
「僕は亡霊と指したことがある」
いつもの怪談よりなんだか楽しそうな気がして、身を乗り出した。

「手紙将棋を知ってるか」
と問われて頷く。
将棋は普通長くても数時間で決着がつく。1手30秒とかの早指しなら数十分で終わる。ところが手紙将棋というのは、盤の前で向かい合わずに、お互い次の手を手紙で書いてやり取りするという、なんとも気の長い将棋だ。
風流すぎて若者には理解出来ない世界である。

ところが師匠の祖父はその手紙将棋を、夏至と冬至だけというサイクルでしていたそうだ。
夏至に次の手が届き、冬至に返し手を送る。
年に2手しか進まない。将棋は1勝負に100手程度かかるので、終わるまでに50年はかかる計算になる。
「死んじゃいますよ」
師匠は頷いて、祖父は5年前に死んだと言った。

戦時中のことだ。
前線に出た祖父は娯楽のない生活のなかで、小隊で将棋を指せるただひとりの戦友と、紙で作ったささやかな将棋盤と駒で、あきることなく将棋をしていたという。

その戦友が負傷をして、本土に帰されることになったとき、二人は住所を教えあい、ひと時の友情の証しに戦争が終われば手紙で将棋をしようと誓い合ったそうだ。
戦友は北海道出身で、住むところは大きく隔たっていた。
戦争が終わり、復員した祖父は約束どおり冬至に手紙を出した。『2六歩』とだけ書いて。
夏至に『3四歩』とだけ書いた無骨な手紙が届いたとき、祖父は泣いたという。
それ以来、年に2手だけという将棋は続き、祖父は夏至に届いた手への返し手を半年かけて考え、冬至に出した手にどんな手を返してくるか、半年かけて予想するということを、それは楽しそうにしていたそうだ。
5年前にその祖父が死んだとき、将棋は100手に近づいていたが、まだ勝負はついていなかった。
師匠は、祖父から将棋を学んでいたので、ここでバカ正直な年寄りたちの、生涯をかけた遊びが途切れることを残念に思ったという。

手紙が届かなくなったら、どんな思いをするだろう。
祖父の戦友だったという将棋相手に連絡を取ろうかとも考えた。それでもやはり悲しむに違いない。ならばいっそ自分が祖父のふりをして次の手を指そうと、考えたのだそうだ。
宛名は少し前から家の者に書かせるようになっていたので、師匠は祖父の筆跡を真似て『2四銀』と書くだけでよかった。
応酬はついに100手を超え、勝負が見えてきた。
「どちらが優勢ですか」
俺が問うと師匠は、複雑な表情でぽつりと言った。
「あと17手で詰む」
こちらの勝ちなのだそうだ。
2年半前から詰みが見えたのだが、それでも相手は最善手を指してくる。
華を持たせてやろうかとも考えたが、向こうが詰みに気づいてないはずはない。
それでも投了せずに続けているのは、この遊びが途中で投げ出していいような遊びではない、という証しのような気がして、胸がつまる思いがしたという。

「これがその棋譜」
と、師匠が将棋盤に初手から示してくれた。
2六歩、3四歩、7六歩・・・
矢倉に棒銀という古くさい戦法で始まった将棋は、1手1手のあいだに長い時の流れを確かに感じさせた。
俺も将棋指しの端くれだ。
今でははっきり悪いとされ、指されなくなった手が迷いなく指され、十数手後にそれをカバーするような新しい手が指される。戦後、進歩を遂げた将棋の歴史を見ているような気がした。
7四歩突き、同銀、6七馬・・・
局面は終盤へと移り、勝負は白熱して行った。
「ここで僕に代わり、2四銀とする」
師匠はそこで一瞬手を止め、また同馬とした。
次の桂跳ねで、細く長い詰みへの道が見えたという。
難しい局面で俺にはさっぱりわからない。
「次の相手の1手が投了ではなく、これ以上無いほど最善で、そして助からない1手だったとき、僕は相手のことを知りたいと思った」
祖父と半世紀にわたって、たった1局の将棋を指してきた友だちとは、どんな人だろう。

思いもかけない師匠の話に俺は引き込まれていた。
不謹慎な怪談と、傍若無人な行動こそ師匠の人となりだったからだ。
経験上、その話にはたいてい嫌なオチが待っていることも忘れて・・・
「住所も名前も分かっているし、調べるのは簡単だった」
俺が想像していたのは、80歳を過ぎた老人が古い家で旧友からの手紙を心待ちにしている図だった。
ところが、師匠は言うのである。
「もう死んでいた」
ちょっと衝撃を受けて、そしてすぐに胸に来るものがあった。
師匠が、相手のことを思って祖父の死を隠したように、相手側もまた師匠の祖父のことを思って死を隠したのだ。
いわば優しい亡霊同士が将棋を続けていたのだった。
しかし師匠は首を振るのである。
「ちょっと違う」
少し、ドキドキした。

「死んだのは1945年2月。戦場で負った傷が悪化し、日本に帰る船上で亡くなったそうだ」
びくっとする。
俄然グロテスクな話になって行きそうで。
では、師匠の祖父と手紙将棋をしていたのは一体何だ?
『僕は亡霊と指したことがある』という師匠の一言が頭を回る。
師匠は青くなった俺を見て笑い、心配するなと言った。
「その後、向こうの家と連絡をとった」
こちらのすべてを明らかにしたそうだ。すると向こうの家族から長い書簡がとどいたという。
その内容は以下のようなものだった。

祖父の戦友は、船上で死ぬ間際に家族に宛てた手紙を残した。その中にこんな下りがあった。
『私はもう死ぬが、それと知らずに私へ手紙を書いてくる人間がいるだろう。その中に将棋の手が書かれた間抜けな手紙があったなら、どうか私の死を知らせないでやってほしい。そして出来得れば、私の名前で応答をしてほしい。私と将棋をするのをなにより楽しみにしている、大バカで気持ちのいいやつなのだ』

師匠は語りながら、盤面をすすめた。
4一角
3二香
同銀成らず
同金
その同金を角が取って成ったとき、涙が出た。
師匠に泣かされたことは何度もあるが、こういうのは初めてだった。
「あと17手、年寄りども供養のつもりで指すことにしてる」
師匠は指を駒から離して、ここまで、と言った。

過去、現在、未来

私が高校生のころのプリクラは
\肌の色を選んでね/と言ってたけどこないだ撮ったプリクラは
\目の大きさを選んでね/と言ってたから数年後には多分
\顔を選んでね/ってなるな

ウインカー

「ウインカーなんか出したら、動きを読まれちゃうじゃないですか」
と真顔で言われて絶句したことがある。

美味しく食べて

お菓子屋の社長が修行して作ったというケーキの名前が

「山田(仮名)社長」

そこはまぁ、ネーミングセンスが独特だなと思うだけで済むんだけどオンラインショップには商品ページごとに
「○○クッキーを食べた感想をお聞かせください」とメルフォがついててこのケーキのページにも

「山田社長を食べた感想をお聞かせください」

感想はまだ無い

ショップ内の人気ランキングにも入ってなくて社長売れてないみたいで切ない

名作に一文字加えると内容が薄っぺらくなる

ロボ骨粉

今、逢いにいきますん。

失禁楽園

注釈文の多い料理店

クラッシュアワー

羅生門2

グロッキー・ザ・ファイナル

私は巻貝になりたい

めぞん一刻堂

100万回生理きたネコ

実況パワフルプロ野球拳

セーラームートン

北の某国から

カードキャプターみさくら

マリア様がしみてる

くまのスプーさん

我輩は猫舌である

男はつらいわよ

アイドルマイスター

全裸の王様

家電なき子

罪とか罰

ひとりでできるもんか

お義母さんといっしょ

その時黒歴史が動いた

ソ連行けアンパンマン

芋ポテト

スィートポテトを作りました。
中にあんこを入れてみた。
友達が来たので出したら「芋饅頭、おいしい!」と言われた。
スィートポテト

時の流れは早い

妹の25歳の誕生日を家族でささやかに祝ってた時、父がしみじみと「こないだ18やと思てたら…」と言ったので、妹に何かお祝いの言葉を言うのかなと思ったら、
「もう60や」と自分のことを言った。

父からのメール着信

社会人になって約八ヶ月。
まだ雪は降ってないけど、これからの季節が厳しい豪雪地帯に長期出張になった。
実家から二時間も離れたところだし、新しい人間関係にも環境にも慣れることができずにちょっとさびしい思いをしていた。

そんなとき、お昼ご飯を食べていると父からのメール着信。
『虹が出ていたよ』と虹の画像つき、ただそれだけのメールだった。
ときどきよくわからないメールを送ってくることもある父親だったし、ちょうど実家に帰ってきていた姉とどこかにでかけたのかな?と、画像もちらっと見ただけで、たいして気にもとめてなかった。

その日、会社から帰ろうとすると、なんか車が変。
朝は半分くらいだったガソリンのメーターがなんと満タンをさしている。
ギョッとして、急に車が止まっちゃったらどうしようとかどこに行ったら修理してもらえるかなとか、考えつつも、とりあえず無事にホテルまでたどり着いた。

部屋に戻ってしばらくしてると実家から電話が・・・。
出てみると姉だった。
「元気でやってる?」等、普通に世間話をちょっとした後、姉はおもむろに「今日、なんか不思議なことなかった??」と一言。
最初は思いつかなかったけど、そういえば・・・と思い出し、車のガソリンメーターのことを話した。
そうすると姉は電話の向こうでちょっと(・∀・)ニヤニヤした様子。

話を聞いてみると、実は昼間、私が仕事をしている間に父と姉、2人で私の車のタイヤを換えに来てくれたらしい。
いつ雪が降るかと離れたところで心配しているのも気を揉むので、もう冬用のスタッドレスタイヤに換えてしまおうと、私に内緒で二時間かけて車で来て、雨の中、交換してくれていたのだ。
ついでにそのときにガソリンも満タンにしておいてくれたらしい。

そのときはあんまりびっくりして、とりあえずのお礼しか言えなかったけれど、電話を切って一人になったら、自分は本当に幸せ者だなぁと、ちょっと涙が出てきた。

父からのメールの虹の画像。
よく見ると、その虹の根元には私の働いている店がちっちゃく映ってた。

親父の弁当

うちの親父は軽い知的障害を持っていた。早くから職人として修行を積んできたので稼ぎはあったが、普段の生活がトロい。
お袋はそんな親父と幼い俺を捨てて家を出た。

親父は俺を溺愛して一生懸命に育ててくれた。親父の怒った顔は見たことがない。大好きだったけど、思春期が始まった頃からは親父のトロさが嫌で嫌で、鬱陶しくて堪らなかった。

中学2年のある日、弁当を持参する日に親父が弁当を作ってくれた。
みんなパンとか買っていくので俺もそのつもりだったけど、起きたら親父が嬉しそうに弁当作ってた。正直鬱陶しかった。しかもできあがった弁当を、小一のときの俺に見せたのと同じ笑顔で「ほら、お弁当だよ」と見せた。俺は朝飯を食いながら「ああ」と気のない返事をして、醤油を取ろうと手を伸ばしたら、その手がぶつかって弁当が床に落ちてしまった。
わざとぶつけたのかも知れないが、真相は覚えていない。

親父は子供のように「○○のためにつくったお弁当が落ちちゃった!」とパニックになった。正直鬱陶しかった。無言で家の財布から500円を抜いて「これでパン買うから」とそのまま家を出た。

その後、大人になって社会に出て、結婚して子供ができて。時間が経つに連れて親父の優しさ、ありがたさ、そして思春期のときに取った態度への後ろめたさが大きくなっていった。俺に子供ができたとき、親父は赤ん坊を抱きながら何度も俺の名前と間違えて呼んでいた。

そんな親父があっけなくガンで死んだ。死に際、意識を取り戻して俺の顔を見ると、俺の手を取って「ごめんな、ごめんな」と謝ってばかりいる。絶対に言って欲しくないと思っていたら、案の定、親父は「お弁当ごめんな」と言った。
俺は涙と鼻水で息が詰まりそうになった。横では女房が自分のことのように鼻を垂らして泣いていた。それを見て、こいつは一生大事にしようと思った。

一見さんお断り

ねえねえ、一見さんお断りって言うけどさ、
誰でも「初めて」があるはずだよね。
 
初めて見る客はお断りなの?
じゃあ開店以来、一人も入れてあげられないじゃん。
 
もしかして玄関脇でちらっちらっと様子うかがったり、
そばの電柱に隠れてコソコソしてたりする前準備期間が必要なの?
んで、「あっ、あいつ先週チラっと見たことあるわw」
という反応を経て、やっと店内に案内されるのね?

子供の頃の話

子供の頃の話。

教師が自分のクラスを12の班に分けるのにシール買ってきた。
ちょうどいいと選んだのが干支のシール。

「自分の干支で手を挙げてください、まず子年の人~」

血圧測定

健康診断で血圧担当がすごく美人だったので興奮して、1回目の測定が上150になり「高いですね~もう一回測りますね」と伸ばした手首にためらい傷みたいなのが見えて一気に110まで下がり「念のためもう一回」とバンド締め直してるときにおっぱいにちょっと手があたって170超えて今先生呼ばれてる

バカ健

私の高校時代に田中健という体育教師がいました。
生徒から影で筋肉バカ健と呼ばれていた。それは、なぜかというと・・・?。

ある日の体育の授業中のこと、筋肉バカ健が言った。
「よし!出席番号で列をつくるぞー。偶数は右、奇数は左、それ以外は真ん中!」

あとの祭り

台所からテーブルへおかずを運ぶ時、2人でメインディッシュを
「ワッショイワッショイ」といいながらおみこし風に運ぶ。
先日勢い余って床にラザニアをぶちまけた。
その後2人とも無言でバーミヤンへ行った。

うつるよね。

ちょっと前のことなんだが駅の待合室に、酔っ払いのじいさんがいた。
訳のわからんことをぐだぐだと喚いてたんだが、いきなり手に持ってたシュウマイの包みを、文庫本読んでた女の子(高校生くらい)にずいっと突き出したんだ。
でも女の子は完璧シカト。
それが気に障ったんだか、じいさんは
「なんだテメェ俺のシュウマイが食えねえのかくぁwせdrftgyふじこ」
とか喚く喚く。
じいさん結構ガタイいいし、これヤバイかも…と腰を浮かしかけたら、それまで無言だった女の子がすっと顔を上げて、

「ほたえなァ!なんでワシがおまんのシュウマイなんぞ貰わんといかんのじゃ!!」

って。土佐弁で。
でもここ、東北の端っこ。
じいさんポカーン、俺爆笑(女の子スマン

その後じいさんは駅員に連行されてったけど、
おばちゃんに「さっきの凄かったわねー、あなた高知の人?」
って聞かれて
「あっ…いいえ」と答えてた女の子の手にあった文庫本は「竜馬がゆく」でありました。

歴史と言葉

ポーランド人の高校生。(以下S)
可愛い弟分だと思ってたが、どうやら勘違いだったようだ。
こんな事があった。
いつもは俺が日本人のフレばかりの部屋に招待して(多人数対戦のゲームで部屋を作って遊ぶというシステム)皆で日本語を教えたりして、和んでいたんだ。
でも、昨日彼に招待されて入った部屋はアメリカ人やイギリス人だらけで、完全アウェー状態。
なんとなく、言ってる事はわかるんだけど、発音がまずいらしく全然通じない。
次第に無口になった俺を気にかけて、話の途中に喋りかけてくれる、S。

そして事は起こった。
俺に倒されたアメリカ人が、「ファッキンジャップ!」って言ったんだ。
外国人とやる機会が多いから、言われなれてて気にもとめてなかったんだが、Sの態度が急変。
「そんなこと言うな!出てけ!」とか、強い口調で、たしなめだした。
そして、そのアメリカ人が出ていくと、
「〇〇〇(俺の名前)オーケイ?グッド??」など、さかんに気にかけてくれる。
いつもは教えた日本語を嬉しそうに話す、彼のみせた、厳しい態度と優しさ。
のんびりとした彼からは想像もできないものだった。
可愛い弟分でなく、尊敬できる友だった。

パパに飛びつく子供

昨日買い物に行った時に目撃。
子供(5、6歳位)が「パパ~」って父親の方に駆け寄っていて、父親がしゃがんで子供をに腕を伸ばした瞬間に子供の飛びつく勢いが良すぎたのか、その父親は綺麗にブリッジ態勢になった。
子供を抱きかかえ、ブリッジのまましばらく硬直した父親に周囲は唖然としたのち爆笑w
父親も照れ隠しなのか頭に手をやりながら
「あっ、いや、どうもw」とかって周囲に向かって何度もおじぎしてたw

がっかりマニュアル

3月に定年退職した人から機器を引き継いだ。
辞める時に「この機械よく調子が悪くなるから、対処法を書いたメモをマニュアルに挟んでおく」
と言われていた。
そして今日、機器の調子が悪くなったのでマニュアルを開くと、メモが出てきてこう書いていた。


1.まず落ち着いて深呼吸をする。


これだけしか書いてなかった。

CDプレゼント

ちっちゃい妹がドラマのCDプレゼントに応募した。
ちっとも届かないから落選確実。しかし健気に待ち続けて今夜とうとう「CDどうしたかな…」と悲しそうにしてる。見かねて「買ってやる」と言ったら届くのを待つと言って提案を拒否。
仕方ないのでアマゾンで「オメデトウ!」のメッセージ付きで注文した。数日で届くだろうアマゾンでの注文なんかしょっちゅうなのに、なんか今回は特別ドキドキする。
喜んで貰えたら嬉しい。

ばたばた

2ヶ月になる姪っ子がぐずるので抱きながら歩き回り、偶然、仏間に寝かせたらぴたっと泣き止んだ。
しかも手足ばたばた動かして、ご機嫌で「あーうー」言いながら笑っている。
しかも見ているのは色々掲げてある遺影の中でも、一族で一番のお祭り男だった祖父のもの。

じいちゃん!
一体何をどうしているんだ!!

それ以来、ぐずっても仏間に行くと泣き止む。
そしてまっすぐ祖父の遺影を見上げながら手足ばたつかせて大喜びしている。

ミケノビッチと妻の顔

夫婦仲がうまくいかないことに思い悩んだミケノビッチは、心理カウンセラーに相談することにした。

いくつか質問をした後、カウンセラーはこう尋ねた。
「あなたは愛し合う時に、奥さんの顔を見ていますか?」
「いいえ・・・」ミケノビッチは答えかけたが、こう言い直した。
「そう言えば、一度だけ見たことがありましたっけ」
「その時、奥さんの顔はどんな表情をしていましたか?」
ミケノビッチは慎重に思い出すように答えた。
「怒り狂った顔に見えました」

「フム。それは興味深い」
カウンセラーは言った。
「あなたの悩みの解決のヒントはそこにあるかも知れませんな...その時の状況を詳しく話してください」

「はい。私たちがベットで抱き合っていると、妻は怒った顔をして窓の外から私たちをにらみつけていました」

戦国無双かよ

後ろを歩いてた小学生男子2人の会話。
「モウリがさー」
「でもマエダだってそうじゃん」
「あー、タケダもいるよね」
歴史の話かなと思ってたら
「担任が変わるのが一番羨ましいな。オダ先生でしょ?」
だって。

どんなクラスだよ。戦国無双かよ。

漢字にはまっている小1男子

うちの小1男子は、漢字にはまっている。
まだ習っていない漢字を覚えるとはいいんだけど、これまでに習った漢字がまだ曖昧。
「足」と書いて、これなんて読む?と問題を出してみた。
「あし!そく!」
おおよし、その調子じゃないかと、「足」に送りがな「す」を書いてみた。(足す)

これはなかなか出てこないらしくうーんうーんと考えた末でた答え。

「そっくす!」

おいそれカタカナ。
というわけで今日は漢字復習の日にする。

あっ! た、たぬ…? え、えぇと… 

自分が務めている職場は車関係も扱うからか、交通事故や違反に厳しい。
そのため、社用車を2人以上が乗る場合は、助手席に座った者は運転手に注意喚起等するようになっている。
先日、まだ入社したばかりの後輩を助手席に、後部座席に先輩を乗せ運転した。
田舎道を走行中、冬のためか丸っこくなった焦げ茶色が主な色の三毛猫が車の前を横切っていった。

後輩「あっ! た、たぬ…? え、えぇと…キャット注意です!」
先輩「ルー大柴か!?」

くそ…不意を打たれて、ちょうど口に含んだコーヒーを吹き出してしまったわ…。

前の嫁と死別して13年が経った

ちょっと語っていいかな。
オレさ、このあと式挙げるんだ。

前の嫁と死別して13年。
5日間の出張から帰ったら、部屋で死んでたよ。
妊娠してたんだけど、検診行ったら「育ってない」って言われたらしく、それを苦にしたみたいだ。

嫁さ、実家で「いらない子」扱いされてて。
親父がクソで「学校で一番とれないのは自分の子じゃない」なんて言ってて、がんばっても一番になれなかった嫁は中学のときから病んでた。

でもオレと知り合って、だいぶよくなったみたいでさ。
それでも「マトモに育てられてきてないから、親になる自信がない」って言ってて、4年経ってやっとその気になって妊娠したんだ。

出張から帰ってきて、嫁を見つけて、そっから先の記憶がない。
気づいたら、嫁に関わるほとんどはクソ親父に持っていかれたみたいで、家には嫁のもの、何もなくなってた。
位牌と遺骨だけは死守したみたいなんだけど、クソ親父とのやり取りも覚えてないんだ。

クソ親父、自分が一番だったから、自分の家族は一番なのが当然、娘の相手も一番が当然だったみたい。
だからオレのコトも、大嫌いだったんだよな。

嫁の写真とか、全部持っていかれるじゃん。
記憶の中で会えるからいいや、とか強がってたんだけどさ、忘れていくんだよな。
あんなに大好きで、いつも合わせてた顔なのにさ。
3年、4年経つと、思い出すのに時間がかかってきて、8年くらい経ったらもう完全に思い出せなくなってた。


嫁のことは今でも大好きだ。
でもやっぱり時間が経つと、恋愛っぽい相手も出てくるんだ。
そういう相手にはさ、嫁のこと言わなきゃいけないじゃん。
そうすると決まって、「奥さんの代わりにはなれないよ」って言われちゃうんだよ。

代わりを探してたつもりはなかったけど、そう見えちゃうのかなって。
そのたびに恋愛諦めようとしたんだけどさ。
で、今の彼女よ。

今の彼女だけはさ、嫁のこと話したら、「でもそういう経験があるから、今の貴方がいるんだし」って言ってくれて。
家に来て、嫁の位牌にも手を合わせてくれて。

そしたら、その、彼女が家に来た日よ。
彼女が帰って、風呂に入ってたら、突然嫁が降りてきたわ。
顔なんて忘れてたのに、おもしろいもんだよな。
満面の笑み浮かべて、頬っぺた撫でられた気がした。
風呂で声あげて泣いちゃったよ。

次の日、彼女に、正式に交際申し込んだ。
その後、嫁のクソ親父が死んで、嫁のいろいろが母親からオレに戻された。
気持ちの整理がついたから、改めて彼女に結婚申し込んだよ。

彼女(もうすぐ嫁になる)は、「奥さんは728の中で生きてるから、大事にしてあげてほしい。でも私は私で大事にしてほしい」と言ってくれてる。
毎日嫁の仏壇をキレイに掃除してくれて、手を合わせてくれてる。
二人の嫁を大事に、これからの人生精進していきたい。

オレ、幸せになるよ。
最初の嫁にしてやれなかったこと、二人目の嫁にしてやりたい。


長くなって申し訳なかった。

ちょっと先に、前へ進ませてもらうわ。

じゃ、準備に行ってくる。
プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

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