初鹿野伝衛門の陣羽織

武田信玄の使い番に初鹿野伝衛門という勇者がいて、背に「香車」と書いた陣羽織で有名であった。
信玄は「自ら「香車」と名乗る伝衛門は思い上がった男だ。」と彼を叱ったこともあるが、猪突猛進する伝衛門の働きは正にその異名に恥じないものであった。
しかし信玄は「前ばかり行って戻らないのでは真の勇者とは言えまい。戻ってきてこそ真の勇者であろう。」となお渋いことを言う。
それを聞いた伝衛門はさっと陣羽織を裏返してみせ、「金になって戻って参ります。」と返答した。

伝衛門の陣羽織の裏には「金」の文字が書かれていたのだ。
これを見た信玄は満足そうにうなずき、周りの武将もドッと笑いましたとさ。
(関八州古戦録)
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「向いてないからやめさせなさい」と親に言ってくれた

190 名無しさん@HOME sage 2013/03/22(金) 16:07:46.84 0
修造はテニスに向いてないだろう私を
「向いてないからやめさせなさい」と親に言ってくれたわ

テニスが嫌で死んでしまおうかと思ってたから嬉しかった
その頃松岡修造がすごい人だとはあまり知らなかったので
のちのち、テレビで見たとき、その変わりなさが懐かしかったわ


201 名無しさん@HOME sage 2013/03/22(金) 16:09:19.13 0
>>190
修造にならったの?


270 名無しさん@HOME sage 2013/03/22(金) 16:15:39.94 0
>>201
習ってない

テニス習わされてて多分そこそこ上手かった
でも好きじゃなかった

親が松岡修造を人づてに頼んで、教えてもらったらなにかこう、プロになる
技術や心構えというか目標っていうか、そういう風なものを身につけられるん
じゃないかと思ったんじゃないか、と今は思う

でも私は毎日毎日長時間拘束されるのが嫌だったしテニスをするより
本を読んでいたかったので、死ねば、どれだけ嫌なのか親に分かると思ってたりした

でも、会って少しフォーム見たりしてすぐ、

「テニスやりたくないんでしょう?」

って言われてすごく泣いたわ
分かってくれるんだと思って

それで親に言ってくれた

そのあとから親に取って私は要らない子になったけど、自由になれて嬉しかったわ

昭和天皇ご自身がジョーク好き

昭和天皇ご自身がジョーク好き

侍従「陛下、エスカルゴは何個お召し上がりになりますか」
天皇「サンコ」
侍従「3個ですか?」
天皇「ノン、サンク(仏語で5個)」


昭和天皇が陸軍大演習で地方に行った時のエピソード

地元の名士に対して
「あの建物は何か?」
指さした先は遊郭。
その名士は答えるに答えられず、お付きの人がそっとささやく。
「陛下、あれは女たちが春を売る場所でございまして」
すると天皇は
「なんと、ロンドンやパリの売春宿に比べて貧相であるな」

注:天皇は皇太子時代に訪欧している


伊勢湾台風の直後、被害について天皇に奏上した福田赳夫農水大臣。
天皇「時に、桑名のシジミは大丈夫か?漁民が心配である」
福田「それについては詳しいことが分かりませんので、調べて奏上いたします」
福田赳夫はシジミとハマグリを混同なされているのだと、特に気にも止めなかった。
農水省で部下に一応聞いた。
福田「桑名にはハマグリでなくてシジミがあるのか」
部下「今はシジミの養殖がほとんどで、ハマグリが取れたのは昔の話です」
つまり福田は天皇にからかわれたのだ、そして天皇の博学と自分の無知について思い知らされた。

堀井雄二がチートについて語る

堀井雄二が昔雑誌のインタビューで[チート]という行為について答えた。

堀井
「僕は実はチートというものは肯定派なんですよ。
だってみなさん、買ってきた食事、たとえばカレーとかソースをかけたり、醤油をかけたりしませんか?
それと一緒で、ゲームだって一番自分が楽しめるように遊んだらいいと思うんです。
忙しくて時間が無い人は簡単にレベルが上がるようにすればいいし、お金稼ぐのが苦痛な人は、最初からお金増やせばいいんです。僕カレーのグリンピースははじきますよ?(笑)

僕達クリエイターはシェフのようなもの。
お客様に喜んでもらえる作品を目指して作っている。
でもそれは、最大公約数的な面白さであって、すべての人、個人個人に合わせることは不可能なんです。
だから、僕の作品を買って下さった方は、もし合わなかったら自分が一番楽しめるように”調味料”を加えて楽しんで欲しいんです。
もちろん僕も自分の作品に自信を持って発表していますから、まずはそのままで味わって欲しいですけどね(笑)

でもこれは、個人で遊ぶゲームでの話。
オンラインゲームなどのみんなで遊ぶゲームでのチート行為は絶対ダメだと思います。
オンラインゲームというのは、例えるならみんなでつつく”鍋”みたいなもの
みんなで楽しむものに勝手に自分の味付けをしちゃダメでしょ?
そこはモラルを守って遊んで欲しいですね。」

10年以上前の話。
自分の作品に自信のある、そして実績のある彼だからこそ言えるのだろうなと思った。

あんな夫婦になりたい

飲食店接客業アルバイトだけど。
今日来たお客さんで40代くらいのご夫婦がいた。
とにかく旦那さんがニコニコして楽しそうに奥さんに話しかけてる。
料理のメニューを一個一個読み上げながら、その度感想を言っててとにかく楽しそうで見てるこっちも自然と笑顔に。
奥さんも旦那さんの感想をうん。うん。と聞きながらニコニコしてたけど、なんか変な感じなんだよね。表情が堅いっていうか…。

で、オーダーが入って料理をその夫婦の席に運びに行った時にその違和感がなんだったのか気づいた。
奥さんは声が聞こえたら、その方向に顔を向けるから気づかなかったけど、目が見えてない人だった。
だから料理が来る度、旦那さんが「来たよ!彩りが凄くキレイ!○○(奥さんの名前)が好きな人参も入ってるよ!」とか説明をしながら料理を奥さんが食べやすいように切り分けて、お箸を持った手を料理まで誘導させてた。
ドリンクもお酒をいくらか飲まれてたんだけど、一つひとつどんな味か説明しながら、奥さんの手をコップまで誘導させてた。
2人ともお帰りになられる時まで凄く楽しそうに話してらしたから、周りが思うほど奥さんの障害が隔たりになることは無いんだろうけど、旦那さんの健気な気遣いとか本当に楽しそうに奥さんに話してらっしゃる姿に泣きそうになった。
私も片方が障害を持っても変わらず愛し合えるような、あんな夫婦になりたい。

小さい頃斜視だった

今は治ったけど小さい頃斜視だった。

幸いというか、露骨にいじめられることはなかったけど、いかにも怖くて気持ち悪い子だっていう風に周りに見られてたので、人と話すときも、斜視を見られたくないので話す相手をそらして不自然な方を向いて話す癖がついてた。

でも兄は、治ったときそんな癖あったら絶対変だからっていって、毎日私の真正面に座っておしゃべりに付き合ってくれた。

癖で兄から変な方向に顔を動かそうとすると、やさしくほっぺをつねって私の顔を動かして、視線を直してくれたんだよ。
それが何かおかしくて、それやる度に二人で笑って。
お兄ちゃんはちっちゃい頃からやさしかったな~。
おかげで手術で治す頃には癖は無くなってた。

やっぱ近くに斜視を理解してくれる人がいるって大事

オタ仲間に風穴を

自分にはオタ仲間3人がいる。3人それぞれオタ畑がちがうので
お互いを知らない。

A…建設関係の若社長。この不況で四苦八苦。
B…アパート経営。施工した大手建設会社に改修を依頼したところ見積もりがとんでもない額になり茫然自失中
C…フリーの広告デザイナー。この不況で家賃の支払いが厳しく帰郷を考えている

3人とも意気消沈してるし、なんか風穴が開くような気がして自分の家の新年会に呼んで引き合わせた。オタはオタ同士で話がはずみ、大盛り上がりで飲み明かした。
気が付いたらAがBのアパートの改修を引き受け、Bのアパートの空き室に24時間態勢の連絡係として敷金礼金なしでCが入ることになり、Aのサイト作成をCが引き受けることになっていた。

自分の思いつきってちょっとカッコよくね?と思った。

それを実行できるか否かの差

今日、セルフスタンドで給油してると、対面のスペースで若い兄さんがタイヤに空気入れ始めた。
据え置き型のなんだけど、あれ長いホースまとめるの面倒くさいのか、誰も綺麗にまとめず、いつも機器の足元にぐちゃって置いてある。
その日も店員がまだ気付いてなかったのかぐちゃぐちゃのままで、給油後に空気圧見ておこうか迷ったものの、見送った矢先であった。
正直、あれを束ねるとなると手が汚れて億劫である。
自分が使った後にぐちゃぐちゃのままでは気分が悪いし、かと言って余所の奴らがぐちゃぐちゃにしたままのを自分が手を汚してまで綺麗にするのも癪であり、そんな小者じみた判断である。

しかしその兄さんは、全てのタイヤに空気を入れ終わった後、わざわざホースを伸ばし切ってねじれを取り、綺麗に束ねて所定のフックに引っかけていた。
すぐ傍の水道で手を洗い、寒さに身を震わせながら、かじかむ手をすり合わせながら彼は車に乗り、そのまま出て行った。

寒いのも冷たいのも、手が汚れるのも皆同じなのである。
皆同じ中で、彼だけがホースをきちんと片づけていった。
ただそれだけの事と思われるかも知れないが、その事に俺は羞恥とか感動とか、色んな感情が込み上げてきた。

彼の行いこそが当然であるのだが、それを実行できるか否かの差がそこにあった。
今年一年、この気持ちを忘れずに過ごしていきたい。

見覚えのないアドレス

嬉しくてたまんないから叫びたい。

5年間やってた一時創作サイトを閉じた。
仕事が忙しくて時間が取れなくなって、更新も遅くなってたし、なによりスランプが酷くて、全然思うように話が書けなくて、もうだめだなって思ったんだ。かんこなでモチベも上がらないし。
もともと一日2ホト位のドピコサイトだったし、来てるのはほとんど身内。
サイトトップに閉鎖のお知らせ乗せて、中身はサーバから全部削除して、肩の荷が降りた気がしてた。

数日後、そういえばアクセス解析あったなと思って、解約しようと思って忍者にログイン。
そしたら、見覚えのないアドレスからリンクされてた。
閉鎖してて何も無いサイトだし、何かの間違いかと思って飛んでみたら、サイトばんばん更新してた頃に何度か対戦したリクエスト厨だった。
スルーを知らなかった当時はメールで長文やりとりして、どうにか和解した過去がある。
なんとかその子も管理人にリクエスト強制イクナイって理解してくれて、謝罪ももらってた。
サイト見てみるとその子のサイトも一次創作で、話も勢いがあるって言うか、一生懸命書いてるのが伝わった。
こんな良い文章書くようになったんだなあ、って感慨深く思いながら、リンクページ見たのよ。
「友人サイト」「素材・検索」「尊敬してます」みたいなリンクのカテゴリの、一番上にさ、「特別」ってのあんの。
「特別」ってリンクカテゴリに、なんか、俺のサイトあんの。
ちゃんと閉鎖済み、って書いて、ずっとずっと大好きです、ってコメントあんの。
拍手十連打してPCの前でめっちゃ泣いた。

ちょこちょこフェイク入れたけど、本当に嬉しかった。
今度は、俺が通います。

現場で一緒に働いたイスラム圏の外人さん

俺は3Kの仕事なんだが、いわゆる「外国人労働者」が現場にかなり入っていた時期が有った。

控えめに見ても、勤務態度は両極端に別れる。

眼を盗んでサボるヤツ。
そして、こっちが心配する位に働き抜くヤツ。

働くヤツは本当に凄い。働き方が日本人とは大違い。
根本的に身体の作りが違っているとしか思えない位に超人的に働く。

縄ばしごにぶら下がって8時間なんざ序の口。
48時間ぶっ続けで働くなんてのも、本人から「やりたい」って言ってくる。
あまりにも凄い仕事っぷりで、我が社の社長なんか「俺の家に入れ!」とまで言う始末。

そいつは、イスラム圏の人間だったんだが……大好物はトンカツとパチンコと女子アナw
熱海に出張に行った時は、新鮮な刺身と寿司をたいらげ、夜は夜で酒を飲みカタコトの話術でヒーローになる。
そして、誰よりも早く現場に到着して準備をする。

稼ぎに稼いで「両親の為に家を建てる」と言って、稼ぎの半分以上を仕送りしていた。

そいつの口癖は「どんなに辛い仕事でも、湾岸戦争に比べたら大した事無い」だった。
目の前で友人を殺されて人生が変わったとも言っていた。

今は国に帰って看板屋をやっていると聞く。彼だったら、自国でもトップレベルになるに違いない。

正直、戻ってきて欲しい。また、一緒に仕事をやってみたい。
プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

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