ハーメルンの笛吹

今日みたいに、風の強い春の日。
補修で遅くなったその日に、物好きな友人達がハーメルンを探さないか、と言い出しました。
僕も以前から、その口笛吹きの事が気になっていたので快諾。友人二人と共に七不思議探しを行うことに。

「ハーメルンなら音楽室かトイレか屋上」

と友人Aが言い出したので、その三箇所をまわることに。
しかし、ハーメルンの姿はもとより、口笛の音すら聞こえない。
所詮は七不思議かー、と、その日はお開きになったのです。が、僕は、教室に忘れ物が有ったことを思い出しました。

忘れ物のノートを机から見つけ、帰ろうとすると、妙な音が耳に留まる。

外を吹く風に交じって、階段のほうから音が聞こえる。か細い、口笛のような音が。
吹きすさぶ風かとも思いましたが、確かに旋律を持っている。
恐る恐る階段まで来ると、どう聞いても口笛の音が、確かに屋上へ続くの扉のから聞こえる。
どこぞの盗人よろしく、五分の恐怖と五分の好奇心で屋上の扉の前まで階段を上がると、ふっと音が消える。
聞き間違いかと、何の気無しに扉に手をかけると開く。先程まで、確かに閉まっていたのに。

軋む扉を両手で開けると、暗がりだが、誰もいない屋上。

「あの二人帰ったのか」

と、上から聞き慣れた声がする。見上げてみると、今自分が出てきた階段部分の上に据え付けてある給水タンクに、先輩がもたれるように座っている。

「うわ、センパイ…?」←まだ半信半疑
「おう。補修お疲れ〇〇」
「ここ、ハーメルン吹き居ましたよね?」

「ハーメルン、口笛吹き、混ざってるぞ。ついでに、それは俺だ」

清々しい位の自白だった。

「ぅえぇっ」←ホントにこんな声

「リアクション良いな、相変わらず」
けらけらと笑いつつ、人生で一番マヌケな顔をした俺を見下ろす。

「まだわかんない?実は俺ハーメルンやってます。よろしくねー(笑)」

といって口笛を少し吹く。
澄んだ音色が風になびくようにして広がっていく。
自分が今まで聞いた中で一番綺麗な音色だった。

「いやあ、一人になってくれて良かった。〇〇にしなきゃならない話があってね」

「ハーメルン継いでくれない?」

「はあ?」

曰く、ハーメルンは襲名制で、代々の先輩が、代々の後輩につたえてきた伝統ある七不思議なんだそうな。
そして先輩で六十九人目。先輩も今年で卒業だから、僕に白羽の矢がたったのだとか。

「ほら、ハーメルンの笛吹は、子供をたくさんつれてくじゃん?けど、代々のハーメルン達が巻き添えにするのはそれぞれ一人。だからハーメルンの口笛吹き。良く言ったもんだよね」
というセリフが妙に心に残った。

結局のところ、僕はハーメルンの口笛吹きをつぎ、先輩と同じように一人の後継者をたてて、それを受け継がせた。
ちなみにハーメルンには、代々口頭で伝わってきた彼等だけの曲があり、彼らを神出鬼没たらしめる、学校中の鍵束があり、と特権が多かった。

実は学校建設当初からのモノで、と彼らには伝わるが、果たして本当かどうかは分からない。

十数年前、自分が体験した、だれが何のために始めたのかも、いつから始まったのかも分からない、そんな謎なお話。
今でもハーメルンは自分の母校にいるんだろうか。
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祖父からのメッセージ

来年定年を迎える親父から聞いた話。
うちの実家は代々男たるもの・・・みたいな気風があったらしく、男児は皆何かしらの武術を嗜むのが暗黙の了解だったそうだ
親父の親父(父方の祖父)はその中でも傑出してて、空手・柔道・合気道・刀剣術・銃剣術なんでもあり。戦地も経験済で、いかつい大男だったそうな。
親父も子供の頃、祖父から空手を習ったがまるでモノにならず、よく鬼のような顔した祖父に木刀で頭や尻をひったたかれたらしい。
で、大人になった親父は家を出て働こうとしたんだけど、英才教育(?)が祟ったのか、威勢が良すぎてどこの同僚とも上手く行かずにクビ続き。
酒と女に溺れ、今で言うDQNニートになっていた。女のとこ行ってたから引きこもりではなかったらしいけど。

そんなある日、悪い仲間と酒を飲み、女を抱き、泥酔して部屋に戻って眠った親父。
すると部屋にいきなり、日本刀を抜いた祖父が怒鳴りこんできた。

「今までは若さゆえそういうこともあろうと見逃していたがもう我慢ならん。我が家の男児として恥ずかしくないのか」

親父は仰天したものの、酒に酔い、血気盛んであったので

「抜き身で現れるとは、親父こそどういう了見だ。耄碌したか、ヒヒ爺め!」と殴りかかった。

二人はしばらく争いあったが、もともと威勢だけの親父は祖父に散々にぶちのめされ、泣いて土下座した。
祖父は親父に数時間(体感時間だそうだ)説教した後、「心を入れ替えなければ何度でも来るぞ。いいな、いいな」と何度も念を押して帰っていった。

そこで親父ははたと目を覚ました。散々暴れたはずの部屋の中も特に乱れた様子はない。しこたま殴られ蹴られたはずの体、アザも痛みもない。
夢だったのかと首を傾げるも、あの生々しさは心に残った。

そして次の日。祖父が業病に倒れたという知らせが入り、葬式をするので戻ってこいという連絡。
祖父の顔には大きな青タン、頬は真っ赤に腫れて、まるでどこかでケンカでもしてきたかのようだったそうだ。
親父は仰天し、祖母に聞いてみると、昨日、親父が寝ているはずの部屋から人が暴れるような音が聞こえ、様子を見に行ってみるとそうなっていたとのこと。
親父は感極まって、昨日の夢の話をし、親族全員で号泣したそうだ。それから親父は心を入れ替え、会社に勤め、母と出会い、俺たちを育て、今こうして話している。
親父は「出来の悪い息子を殺すつもりで来たのだろうが、結局それが出来ず、自分だけ怪我して帰るとはまったくあの人らしいよ」と笑っていた。

長文失礼。あんまり笑えない事に気づいたが、親父は笑っていたので書き込みしました。

犬の親子と女の子

私の家は昔の古い日本家屋といった感じの、ジブリの映画に出てきそうな家でした。
土間や畳敷きの大広間、竈のある台所に仏間と16畳の和室。
和室は障子を開け放つと縁側に面した庭が一望できました。
家の後ろはすぐ山肌になっており、春には山菜が良く採れていました。

その家に私は、曾祖母、祖父、祖母、父と母、我が家の愛犬ジョンと一緒に暮らしてました。
ジョンは私の父が知り合いから譲り受けた犬で紀州犬と何かの雑種らしく、真っ白な体毛をしていました。
私が13歳になってしばらくした頃、ジョンが子犬を産みました。
生まれた6匹全てがジョンにそっくりな白い体毛をしていました。
私は縁側に寝転がってジョンや子犬たちがいる庭先を眺めるのが好きでした。

雨が続いたある日、久々に晴れたのでお菓子と漫画をもって縁側に寝転びに行くと、庭に見知らぬ女の子が居ました。
小屋の前の芝生で気だるそうに横たわって居るジョンと、そのお腹の辺りで元気に転げまわってる子犬達。
それをその女の子はニッコニコしながら眺めていました。
年は小学校低学年か、ひょっとしたら幼稚園の年長組くらいのショートボブの女の子。
白いワンピースを着て、左手には綺麗なビーズの腕輪をしていました。
(あんな可愛らしい子近所に居たっけ・・・?)
と思いながらも、近所の小さい子がジョンを触りにくる事なんて良くあるので、放っておきました。

漫画を一冊読み終えて顔を上げてみると、女の子はまだジョンと子犬達を見ていました。
転げまわる子犬達を見ては
(*´∀`*)
みたいな顔でニッコニコしながら眺め、子犬がくしゃみをしたら
Σ(>ヮ<*)
みたいな顔で驚いたり、眠くてコクリコクリしてる子犬には
(*゚ー゚)
みたいな感じで顔を覗き込んだりと、あまりに表情がころころ変わって面白いので、私はしばらくその女の子を見ていました。

ポカポカとした陽気で、若干うつらうつらしながらその光景を見ていたのですが、気がつくと女の子が居ません。
あれ?帰っちゃったのかな?と思ったのですが、私の家はこの縁側を通らないと帰れない造りになっています。
いくらうつらうつらしていたとしても人が通ればさすがに気がつきます。

ふと気になってサンダルを履き、庭を探してみました。
半目を開けながら爆睡しているジョンと遊びつかれて各々独特な格好で寝ている子犬達以外は何も居ません。
おかしいなぁ…いつ帰ったんだろう?と首を傾げながら母に
「さっき庭に来てた女の子誰?」
と尋ねると
「ん?女の子?母さんずっと玄関んとこに居たけど、誰も来なかったよ?」
と、おかしな答えが返ってきました。
まさか…座敷わらし!?と思い、今度は曾祖母にさっき起きた事を言うと
「いや、座敷っ子じゃない。座敷っ子は草が苦手で、草で出来てる畳も縁しか歩かん。ましてや芝生の生えてる家の庭には出るはずもない。」
という返答が…。
結局私が寝ぼけていたという事で一件落着しました。

が、しかし。その女の子は晴れた日の庭に毎日のように現れるようになったのです。
ジョンや子犬達を見てはまたころころと表情を変え、面白おかしくその所作を見守っている女の子。
見えてるのは私だけで、曾祖母も祖父も祖母も父も母も、果てはジョンやその子犬達までも彼女のことは見えていないようでした。
祖父は、お払いしてもらったほうが良いんじゃないか?何か悪いものに憑かれてるんじゃないか?と心配していましたが、私にはあの女の子が悪いものには見えずに
「別にいいよ。あの女の子見てるだけでも面白いし。なんか癒されるから」
と、お払いに行こうという祖父の申し出を断っていました。

その女の子が現れるようになってから数日後、3日ほど雨が続いた日のことでした。
その年は例年になく雨が多い年で、数日降っては一日晴れて、また次の日から雨が続くといった事が起こってました。
夕飯時、今年はずいぶんと雨が降るなぁーと、家族で話をしていた時。
何やら心配そうな顔をしていた祖父が私に
「そういえば、あの女の子はまだ出るのかい?雨降りにも居るのかい?」
と話しかけてきた時だったのを覚えています。

ザァーーーーー…と言う雨の音が急にゴォーーーーー…という聞いたことない音に変わりました。
「あれ?何この音…?雷の音とも違うよね?」
と、私が言うと祖父がハッ!とした顔をして玄関の方へ走っていきました。
ど、どうしたの?と問いかけながら祖父の後を追うと、祖父は玄関の扉を開け放ち、じっと耳を澄ませています。
つられて私も耳を澄ませていると、ゴォーーーーー…という音に続いて、ザッ!ザッ!ザザザー!という木が激しく揺れてるような音も聞こえてきました。

その瞬間、祖父が
「逃げろ!急いで家から出ろ!早くしろー!!」
と叫びました。
あまりに急に叫んだので、ビックリして目をぱちくりさせていると
「お前も早く靴を履け!走れる靴を履け!」
と怒鳴られました。
祖父の叫びを聞いて、顔を青くした父が曾祖母を担ぎ、母は印鑑と通帳の入ったバッグを握り、祖母は非常時用のリュックサックを背負い急いで家を出ました。

外に出るとゴォーーーーー!という音がまだ続いて、小さな地震のような揺れが続いています。
あ・・・ジョンがまだ庭に居る!と思った私は引き返そうとしましたが、
「走れ!今家に戻るな!死んじまうぞ!!」
と言う祖父に無理やり抱えられました。
雨は結構激しくて、ゴォーーーーー…という音と雨が体にぶつかる音、木のざわつく音が頭の中で混ざり少し眩暈がしました。
家の前の砂利道を走りぬけ、補正された道路に出ました。
それでも安心は出来なかったようで、結局そのまま高台にある集会場まで家族全員避難しました。

集会所に着くともう全身ずぶぬれで、集会所の電話から管理をしている人に電話をかけて、あるだけの服と毛布を貸してもらいました。
曾祖母は両手を合わせ、なんまいだぶ…なんまいだぶ…と呟いていて、祖母と母は号泣していました。
管理人のおじさんと祖父と父は青い顔をしたままこれからどうしようか…と言った話をしていて、私は何が起こったか訳もわからずただボー…っとしていました。

翌朝は昨日の大雨が嘘のようなカラリと晴れた天気で、子供ながらに家に帰れる!と思い喜んでいた私に祖父は
「まだ帰らん方がいい。明日はまた晴れらしいから、明日村の消防団の連中と一緒に家を見てくる。お前たちはここに残ってろ」
と真剣な顔で言い放ちました。
一体何が起こったの?と母に聞いても
「大丈夫、大丈夫だから。ここに居れば大丈夫。命が助かっただけでも…」
という答えしか返って来ませんでした。

家に何か起こって、ひょっとしたらもう家に帰れないかもしれない…と思った私は、急に残してきたジョンと子犬の事が心配になり、次の日こっそりと家を見に行くことにしました。
祖父と消防団の大人たちがぞろぞろと歩いていく後ろを見つからないように、道路の脇の藪に入って付いて行きました。
そろそろ家の入り口まで続く砂利道が見えてくるといった辺りで、衝撃的な物を見ました。

舗装された道路から、山肌にある家の正面に向かって伸びる50mくらいの砂利道。
その砂利道がごろごろとした岩やなぎ倒された木や土砂で埋めつくされ、家のあった場所には何もありませんでした。
正確には屋根だけが家のあった場所より少し下の方に見えている状態で、家の1階部分や庭は完全に土砂に埋まってる状態。

あまりに壮絶な光景に私は泣き声をあげてしまい、祖父と父に見つかってしまいました。
泣いてる子供をさらに怒るような事は出来なかったらしく、
「…だからついてくるなっていっただろうに…」
と優しく言った父にすがり付いてわんわんと泣きました。
祖父と父はすぐにでも家を掘り返したいと言いましたが、地盤がまだ軟らかいかもしれない、また崩れる可能性があるから重機を持って来れない。と言われ、泣く泣くそのままにして集会所に戻ることにしたそうです。

私も、お家が無くなった…ジョンも子犬も皆死んじゃったんだ…と泣きながら帰ろうとしました。
ふいに腕をグッと捕まれ、後ろに引っ張られるようにして転んでしまいました。
転んだ拍子にぶつけた腕をさすりながら引っ張られた方を見ると、あのショートボブの女の子が庭のあった辺りの上に居ました。
帰ろうとする私をキッと睨めつけて、自分の足元を指差しています。
服を見ると白いワンピースは胸の下まで黒茶色に汚れていて、両手はズタズタに…。
付けていた綺麗なビーズの腕輪も無くなっていて、髪も心なしかボサボサになっていました。

まさか!と思って私は走り出しました。
子供の私でも乗り越えられる高さの岩や木だったのが幸いして、難なく庭のあった場所へと辿り着きました。
大人たちも、急に走り出した私に驚き、後からわらわらと追いかけてきます。
女の子はそれを見ると安心したのか
(*´ー`*)
みないな顔をして崩れた山肌の上の方に滑るようにして走り去っていきました。

女の子の居たところ、指差していたところを見て私たちは驚きました。
そこには、祖父が子犬も入るようにと増築したジョンの小屋が綺麗に残っていました。
屋根には土砂がかかっているものの、小屋の中に土砂が入った形跡はありませんでした。
小屋のあった位置と今自分たちが立っている位置とでは、大人がすっぽり入れるくらいの高さがあったのですが、なぜかそこだけ掘り返されたような穴が。

屋根が簡単に取り外せる小屋なので、父が穴に入り屋根を取り外しました。
小屋の中には破れたドックフードの袋と、水が並々と入ったタッパー。
若干驚きつつもその水を寝ながらペチャペチャなめるジョンとそのおっぱいを吸う子犬達が居ました。
信じられない光景に大人たちは驚きつつも歓声を上げ、父と私は良かった良かったと涙を零し、
祖父は「俺の作る小屋もたいしたもんだな。」と腕を組みうんうんと頷いてました。

その後、ジョンと子犬達は集会所まで小屋ごと運ばれました。
祖母も母も奇跡だ!と大喜びし、祖父は誇らしげに自分の作った小屋を自慢していました。
自分の小屋のおかげだと思っている祖父には女の子のことは話せずに、曾祖母に話をしました。
曾祖母は目を細めて
「それはきっと神様だね。山に住む神様が、同じく山に住むわしらやジョンやチビちゃん達を守ってくれたんだろう」
と言い、手を合わせました。

結局、家を掘り返したのはそれから1ヶ月程経った頃で、その間私たちは住み込みで集会所の管理をする事を条件に、集会所に住まわせてもらいました。
家は完全な倒壊状態で、掘り返したからといってとても住める状態ではありません。
今は村の、今度は山肌とは離れた所の土地を買い、新しい家を建ててそこに住んでいます。
ジョンの子供は奇跡の生還を遂げたという事で、縁起物のように思われたのか、是非引き取らせて欲しい!という人(主に居合わせた消防団の人)が続出した為、メスの子犬を一匹残して他は引き取ってもらいました。

昔の田舎は動物の子供が生まれたら近所の人や知り合いに引き取ってもらっていたので、私も特に抵抗も無くジョンの子供を引き渡しました。
近所なのでいつでも会いに行けますし、散歩中に会ったりも出来ますし、それはそれで楽しみが増えたような気分でした。
ジョンは今年に入り亡くなりましたが、今度はジョンの娘のチャロが妊娠しました。

毎朝の散歩の時に、我が家のあった場所、庭で女の子がジョンやチャロ、その兄弟達を眺めていた場所を通るようにしています。
あの女の子もチャロの妊娠に気付いてくれてると良いなぁ…
チャロの子供が生まれたらまた見に来てくれるかなぁ…
と思いつつ、最近は庭先で祖父の作ったベンチに横たわり、チャロのお腹を撫でつつ時間を潰すのが休日の日課になっています。

俺には友達なんかいない

GW、一人でイタリアへ行ってきた
何の感慨も受けない 何にも気付かない 心にゆとりがないからだろう
夜更けまでカフェで、一人すねてふてくされたように、立ち飲みで酒をかっ喰らっていた
でっかい白人男が、いきなり肩を組んできた
やべ
イタリアの夜は決して治安良くないんだっけ・・・

すると女が、何してんのよ馬鹿!といった調子で、男を止めに入る
語調から察するにロシア語だ
「おまえは俺の友達だよな?」
片言の英語で、酔っぱらったロシア男が言ってくる
「あぁ友達だ。たぶん」答える
連れの女は悶着にならなかったことに一安心したのか、ニッコリする
ニッコリして、いきなり古いマドンナの曲を歌い始める
おまえも完全に出来上がってるじゃねえか
男、俺のつまみに手を出す 女も手を出す フツーに食ってんじゃねえ・・・
そして男も、よく分からない歌を歌い始める

これはちょっとマズイなと判断し、コペルト(席料)を払うことにして、3人でソファーに移動
あいかわらず歌う2人
ヤケクソで俺も、一緒に歌ったり、コーラス入れてみたり、
エルトン・ジョンやビリー・ジョエルといった、ワールドワイドな歌を歌いだす
そういえばロシアやイタリアにはカラオケボックスはないのだろうか、などと思いながら
ボーイや他の客は、あきれた顔で眺めてる

たくさんの話を片言英語で交わしたが、記憶に残るようなまとまった話はない
3人で肩組んで写真を撮る
閉店で追い出されるまで飲んだくれた

別れ際
「ガスパージン!スパシーバ!my dear friends!」
ロシア語なんて知らないが、どちらかが「さようなら」で、どちらかが「ありがとう」だった気がするので、そう言ってみた
男"Good bye friend!"
女"Bon boyage!"
俺「節子、それはフランス語や!」
女、俺の日本語を無視して、両手を唇に思いっきりあてて、盛大な投げキッスを俺に送る

帰国後、写真を現像してみる
ものすごい馬鹿ヅラした3人が、豪快な笑顔で映ってる

俺には友達なんかいない 一人だっていない
こいつらの名前だって知らない
だけどスタンドに立てたその写真を見るたび、ほんの少しだけ滋養を感じ、
ほんの少しだけ温かな気持ちになれる

動物の気持ち

戦後間もない頃の話、昭和30年頃。

専業農家だったカーチャンが小学生だった頃まで、牛を飼ってたそうだ。
その牛に朝夕、畑の草を食わせに行くのがカーチャンの仕事の一つで毎日散歩のようにやってた。
小さい頃に家にやってきた牛はひどく懐いて、何も言わずともカーチャンについてくるようになって本当に仲良しになった。

しかし、数年経ってカーチャンが中学生になったある日・・・
カーチャンが学校から帰ると、家の前にトラックが。
カーチャンがバーチャンに「これ、なんのくるま?」と聞くと「・・・牛、連れて行くんよ」

カーチャンはそれで全てを悟って、泣き叫んで暴れて嫌がった。
それを見た牛はポロポロと大粒の涙を零しだした。
だけれど、牛は、自分がどうなるかを悟ったかのように、動かず暴れたりせず、立ったまま泣くだけ。
牛はトラックに乗せられてポロポロ涙流したままカーチャンをずっと見てた。

そこでバーチャンが「あぁ、あれはあんたを妹のように思ってたんねぇ」
カーチャンが正気に戻ったとき、業者もバーチャンもカーチャンも牛もみんな泣いてたそうな。
業者が言うにはそこまでの牛と娘はめったにいないとか。

そういう経験を経たカーチャンは今でも動物を愛するバーチャンになっている。
人間は他者の死の上で生きてることを忘れちゃいけない、と教えてくれた時に言われた話のひとつ。

震災発生当時、自動車の路上教習中だった

震災発生当時、自動車の路上教習中だった。
サスペンションが効いてるせいか結構マイルドな揺れで
「うはww結構でかい地震っすねww」
とか教官と談笑してたら、目の前の塀が轟音を立てながら崩落。
俺も教官も黙り込んだ。

その後、塀や納屋が道路に崩れ落ちて進路妨害しまくりの、信号機も全部停電で機能してない中を
「うーん、、向こうが優先道路だから気をつけて出てね」
「あれが予告信号だよ、消えてるけど」
「あー、地割れかな?結構大きいよね、習ったとおりよけて」
「この交差点障害物増えてるね。気をつけてね、それからクラッチはもっと丁寧につないで」
「そういえばうちのカミさんがさ、肉じゃがは豚肉だって言い張るんだけど…」
と、この状況下でごく平然と教習続行するのに衝撃受けた。

教習所帰ったら教習所自体が大破してた。
「あれー、やっぱり相当大きかったみたいだね」
って悠然としすぎだろ教官。

結局復旧の目処が立たずに転校するはめになった。
まあでも、緊急時の実践的運転なんて体験しがたいことを練習させてもらったし、これはこれで貴重な体験かも。

バカ嫁が!!そんな格好で!

昨日、花粉症の薬もらいに病院に行った時、どうやら息子一家の家に避難してるらしいお婆さんがいた。
看護婦さんが

「昨日の地震の傷ですか?」と話しかけたら(7日の事。お婆さん額に傷。)、

「おれ、寝ててよぉ、バァンてなったから、てっきりバカ嫁に叩かれたんだと思って『何すんだこの鬼嫁!!』て言ってやったんだぁ。したら無理矢理肩にかつがれて外に連れてかっち、そのまま昨日かついだまま病院に行ったんだよぉ」

「うちのバカ嫁、おれが避難してたとこ探して来てぇ、おれ見た途端に『ここに居たのかクソババァ!!』『7ヶ所目だババア!!もう泥に埋もれてんのかと思って掘ってたんだぞ生きてたか!』てぇ、体中泥だらけで来たから、『遅いべしたバカ嫁が!!そんな格好で!風邪ひくべした!!』て怒鳴ってやったんだ。」

「7ヶ所もまわって来たんだと。ガソリンも無いから車に自転車持って来たんだと。息子は仕事で来れねえから一人で来たんだと。こんな年金暮らしのババアんとこに、バカ嫁が。まったくバカだこと。」

と、ずっとバカ嫁話が止まらない。
しばらくして、ちょっと体格のいいおばさんが入ってきてお婆さんに話しかけてて、

「ババア終わったか!、どうだった」

「なんでもなかったで!頭ぶっつけたくらいで何度も病院こねくてもいーんだでバカ嫁が!」

「何でもねって分かるのが大事なんだ!」

と怒鳴りあいながら帰ってった。

スリップしてきた対向車にぶつかられ川に転落した

雨の日に運転中、スリップしてきた対向車にぶつかられ川に転落。
あっという間に水没して、水圧でドアが開かなくなり大パニック。
助手席にいた母が、いきなり片足の靴下を脱ぎだしたので
「お母さんが恐怖でおかしくなった!!」と更に慌てていると
「落ち着いて。まずシートベルトを外しなさい。それから大きく息を吸って」と冷静な声で言われ、財布の小銭をジャラっと靴下に入れて、車窓にガツンとぶつけた。
割れた窓に更に何度か、小銭いり靴下をぶつけ私を窓から押し出して、自分も脱出。
しかも二人のバッグも持って来た。
元自衛官って凄い、と思った。

別に大学なんかどこでもいいしw

公立高校の教師をしてる。
田舎で高校の数が少ないため、東大狙えるレベルから中学からやり直しレベルまで勉強できる子とできない子の差が激しい。
(一応、普通科と特進クラスに分かれてはいるが)
「別に大学なんかどこでもいいしw 落ちたらどっかに就職すればいいしw」
みたいな考えの子も多く、全然勉強しなくて手を焼いていた。

先日も授業中、喋ったり携帯いじったりで全然授業を聞かない女子グループがいたので
「いい加減にしろ、学校に来てるんだから勉強しろ」と強めに叱ったら、
「だって男はともかく、女は別にいい大学入ったからって将来に影響するわけじゃないじゃんw」
「進学しようと就職しようと結婚したら同じ」
「将来いい生活が送れるかどうかなんて、結婚する男次第だし」
「今ウチらが必死で勉強することに何の意味があんのw」
と反論してきた。

それが私のムカツキポイントを刺激したというか、なんか凄く腹が立ってしまって
「あほかっ!」と怒鳴ってから説教を垂れた。

「今、私の友達でいい生活をしてるのはみんな東大や慶應早稲田なんかに行った人たち」
「なんでか分かる? いい大学に行けば周りの男がエリートだらけだからだよ」
「まぁたとえバカ大学に行っても運が良ければ合コンとかでエリートと知り合えることもあるかもしれないけど、高学歴のエリート女は毎日当然のようにエリート男と顔合わせてるんだよ、チャンスの数の桁が違うよ」
「しかも東大早慶は男のほうが圧倒的に多いから、よりどりみどり」
「彼女たちは高校時代に一生懸命勉強したおかげで、いい大学に入っていい会社に入っていい男と出会っていい生活してるんだ」
「高校時代に努力しなかった奴は、将来それに見合った生活しか送れないよ」
「私のようにな」

それ以来、女子が目に見えて勉強にやる気出すようになった。
つられて男子もちょっと真面目になり、非常に授業がしやすくなった。
しかし、面と向かって「先生みたいにならないように頑張るw」と言われた時はさすがにちょっと凹んだ。

私は今まで男の人に一度も口説かれた事ないんです

30になるちょっと前に離婚した、その一年半後に妻を紹介された。
高校を出て7年間、妻は俺の祖母の兄が営む田舎町の店舗に勤めていた。
安い給料なのに真面目に働く良い娘だという事だった。

その店舗はあまり利益が上がらず畳む予定であった。
そこで再就職先を紹介する代わりに俺との縁談を持ち込んだのであった。
あまり期待はしてなかったがそれでも妻を見た段階では正直言って断ろうと思った。

こけし人形を思わせる風貌で化粧しなれてませんと文字通り顔に描いてあった。
とても若い女性とは思えない感じのファッションセンスも気持ちを萎えさせた。

だが贅沢もいえないと思い直し適当に話を合わせていた。
しばらくしてここは若い二人でという感じで放置された。
妻はモジモジしていたが何かを決心したように核心を聞いてきた。

妻「前の奥さんに逃げられたって本当ですか?」
俺「、、はい、そうですよ」
妻「男作られたって聞いてるんですけれど」
俺「、、そうなりますね」
妻「職場の人に言い寄られたんですよね?」

随分不躾な事を言い出す奴だと思った。空気が読めないのかなって気がした。
俺が答えずに居ると細い目を思いっきり開けて俺を見詰めて、

妻「私は大丈夫ですよ」
俺「何がです?」
妻「私は今まで男の人に一度も口説かれた事ないんです」
俺「一度も全く?」
妻「そうです、共学だったし知り合う機会も何度かあったのに」
俺「?」
妻「んだから安心できますよ!」

妻はドヤ顔をしてた。俺は笑ってしまった。
男に相手にされない事が何で自慢になるんだろうと思った。
でも妻のアピール?は俺の心へのピンポイント攻撃になった。
浮気の可能性がないというより、こいつと居ると面白いんだろうなと。

3ヶ月後には同棲をはじめ直ぐ籍を入れた。
妻は必要ないと言ったが半年後花嫁姿を見たいであろう御両親の事を考え、身重な妻と親族だけの神前結婚式を上げる事にした。
裕福ではないが純朴な御両親は俺側の親族の前で何度も頭を下げ妻を宜しくと言っていた。
「いい子です、自慢の娘です、高校しか行かせられなかったけど大事に育てました」
それを見て妻は大泣きをした(飄々としている妻が泣いたのを見たのはこの時だけである)

化粧が崩れたのを補正するために式が始まる直前に志村けんの馬鹿殿並みの白塗りをした。
変でないかと不安そうに小声で尋ねる妻に何度も「綺麗だよ」と言った。
本当にとても綺麗に見えた。

いつもどこかずれている妻と一緒になって十年余、子供3人もちょっとアレな感じだが結構幸せである。
プロフィール

ナイア

Author:ナイア
どこかで見たことのある話を載せていきます。

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